12 父の轍
太陽はすでに山の稜線の向こうに沈み、青黒い夜の帳が降りていた。
草むらの中、ジムニーは沈黙したまま取り残されている。
もう動かぬ鉄の塊。
それでも田崎は歩みを止め、振り返って一度だけその姿を見た。
薄闇の中、ジムニーの車体は沈黙したまま、どこか誇らしげに鎮座していた。
この異世界に来てから、どれほどの距離をこの小さな車とともに越えてきただろう。
言葉も通じぬ恐怖と混乱の地を駆け抜ける間、ジムニーは寄り添い、すべての出会いを共にしてくれた。
泥にまみれ、枝に擦れながらも、最後まで走り続け守ってくれた。
「……ありがとう」
小さく、唇だけでつぶやく。
その声は風に溶け、闇に消えていった。
小人たちが先導し、一行は徒歩で山を下りはじめた。
暗く湿った斜面に道らしきものはないが、彼らの足取りには迷いがなかった。
やがて、見えてきた。
落葉樹の根元や、太い幹の窪みにぽつぽつと灯りがともる。
ドーム状の小さな住居が森の中に並び、まるで光を宿したキノコの群れのようだった。
窓から漏れる橙色の光。傍らの水路には蛍のようなな光が舞い、地面を幻想的にきらめかせていた。
「おきゃくだ! ほーい!」
甲高い声が森に響くと、住居から小人たちが次々に顔を覗かせた。
子どもも大人も老いた者も、みな揃いのような小さな帽子と前掛けをつけている。
「ほーい! ほほーい!」
呼応する声が村に広がり、まるで祭りのような賑わいに包まれていく。
歓声と笑い声に迎えられながら、一行は村の中心へと進んだ。
そこには石畳が敷かれた広場があった。
何人もの小人が木箱に入った緑と茶のペーストを足で踏んでいた。
歌を歌い、リズムに乗って軽やかに。まるで踊っているかのようだった。
長老が手を上げると、作業していた小人たちが動きを止め、一行の前に並ぶように促される。
戸惑いながらも、田崎たちは腰を下ろした。
次の瞬間、小人たちは勢いよく木箱から両手いっぱいにペーストをすくい、田崎たちに駆け寄ってきた。
そのうちの一人が田崎の肩に飛び乗り、容赦なくそれを左側頭部になすりつけてきた。 ぬるりと冷たく、漢方と香辛料が混ざり合った匂いが鼻をついた。
「うっ……!」
思わず目をしかめる。
小人たちは陽気に歌いながらペーストで傷口を覆い、その上から大きな葉っぱで蓋をした。
さらに小さな三角帽子を引き伸ばして被せると、網包帯のようにぴたりと固定された。
グラン、リューシャ、ホーガイ、イリナも次々に治療を受ける。
傷口にペーストが塗られるたびに染みて顔をしかめるが、すぐに痛みが引いていくのが感じられた。これはただのペーストではない。
それがまじないなのか薬なのか、田崎には分からなかった。
ただ、効いていた。
イリナには黒緑色の液体が器に注がれ、彼女は眉をひそめながらも言われるがままに口にする。
やがて治療が終わると、今度は食事が運ばれてきた。
木の腕に盛られた雑炊のような料理と、山菜や肉を細かく刻んだ炒め物。
「わあっ、それおいらのだぞ」「ちがうっぺ、それはワシの!」
何を言っているかは分からないが、笑い声が温かく響いた。
田崎たちも遠慮がちに箸をつける。驚くほどに温かく、滋味深い味だった。
ルーにもミルクのような白い液体が与えられ、警戒しながらも舌を伸ばし始める。
ルーのドッグフード……まだ車に残ってたはず。吹き飛ばさなければ…と田崎は思う。
満腹になった一行は、それぞれ小人に案内され、今夜の寝所へと向かっていく。
田崎だけが、長老に呼び止められた。
*
「ささっ、ついておいで」
案内されたのは、森を抜けた集落の端にぽつんと建てられた簡素な小屋だった。
小人の家には不釣り合いなほど大きな扉。
田崎の背丈にぴったり合う、その作りに、胸がざわめいた。
長老はにこりと笑い、手で「どうぞ」と促す。
田崎が木のドアを引くと、そこには板張りの床と木の寝台、手作りの椅子と机がある。
机の上には燭台と、燃え尽きかけた蝋燭が置かれていた。
ひと目見て、田崎の心臓が跳ねた。
誰かがここに、確かに「いた」と告げていた。
奥には、もう一つのドアがある。
田崎は手をかけ、何かの予感ともに開けた。
そこは納屋のような空間だった。月明かりが差し込む。
そして、それは、そこにあった。
浮かび上がるシルエット。
四角い車体、荷台、角ばったフレーム。
間違いない。父の軽トラだった。
錆びたバンパー、泥と埃に覆われたナンバープレート。
数字も、文字も、見覚えのあるもの。
田崎は言葉も出せず、ふらりと歩み寄り、その表面に手を置いた。
「……父さん……」
膝から力が抜けた。
崩れ落ちる。 涙が、こぼれた。
肩が小刻みに震え、嗚咽が声にならず漏れ続ける。
止まらない。
確かに、ここにいたのだ。
この世界で、生き、暮らし、そして、何かを残した。
静かな月光の下、田崎は一人、声を殺して泣いた。
その涙を、月だけが見ていた。
最後まで読んでくださってありがとうございます!
今回は少しスローな展開でしたが、次からまた動き出します。
田崎がようやく父の手がかりを見つけましたね。
ここから先、ジムニーがどうなるのか……そして“封印”の真相も。
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