6 激戦、そして迫る影
悲鳴と怒号が森の南端に響いた。
異形の猿の群れが、警戒部隊めがけて一斉に襲いかかった。
槍が折れ、剣が血を浴びた。
その上空では、羽ばたきの渦を作り、翼を持つ羽猿の群れが天幕を目指して急降下していた。
帆布が切り裂かれ、書記官がそのまま連れ去られていく。
断末魔が尾を引いて森に吸い込まれた。
羽猿の群れが襲い掛かる。
弓兵たちが応射するが飛翔が不規則で的を絞れない。
上空に翻るのは、濃い煙のような影と羽音、そして人の叫び。
一際大きな鬼猿が、隊列を蹴散らすようにして突進していた。
手には打撃用の鉄棍。一振りで数騎の騎士が吹き飛ぶ。
地を這うように疾走する豹猿が、地面に落ちた騎士の首元に食らいつた。
騎士団は後退し、陣形は乱れていた。
数で圧倒されている。
だが、
「本隊、前進!第二隊、左翼へ!騎馬隊は右側面を突け!弓隊は合図まで待てッ!」
天幕の外、騎乗した部隊長ヴォルノが鋭く命令を飛ばした。
剣の紋章が刻まれた天幕の周囲から、複数の伝令が一斉に走り出す。
前線を指揮する騎士長が、戦場を睨みつけながら叫んだ。
「奴らの群れに惑うな!陣を保て!各中隊、中心へ集まれ!反撃の刻は近い!」
展開していた部隊が、街道沿いから続々と命令に従って集結してくる。
騎馬隊が迂回し、盾兵、槍兵、弓兵が次々に合流する。
騎士団は再び陣形を取り戻しつつあった。
連携と鍛錬が戻りつつある騎士団の戦列は、じわじわと押し返し始めていた。
*
激戦には目もくれず、闇の森を西へ向かって走る一団があった。
先頭に立つのは若い猿使いの男。
その肩に、黒い羽根の生えた子猿が止まっている。
彼の後ろに続くのは、鬼猿を乗せた豹猿たちの小部隊。
毛並みを揺らし、全身の筋肉が弾けるように跳ねる。
先頭には一つの影が走る。
ジムニーの居場所へと軍勢を誘導していた。
「迂回する。奴らより先に……鉄の箱車を砕け」
猿使いは低く呟いた。
あの乗り物の異様さは森に伝わっている。
「忌まわしき鉄の箱車 、森を穿ち、獣を怯えさせる異物…」
必ず止めねばならない。
並行するように街道を駆けるのは、封印奪回班の騎馬軍団。
馬を駆り、隊列を保ったまま、彼らは北西へと進んでいた。
森の奥へ、封印の在り処へ。
*
一方、ジムニーはついに木立の間を抜け、街道上へと飛び出した。
サスペンションはへたりきり、衝撃を受け止められない。
スピードを上げるたび小さな鉄の箱は、跳ね馬のように街道を駆けた。
しかし風圧でまともに前が見えない。目を細め焦る心を抑え、減速せざるを得ない。
「……出た……」
激しく揺れる後部座席で、ホーガイが小さく呟く。
胸に抱いた娘の顔は蒼白で、まぶたがぴくりと揺れている。
助手席ではグランが剣に手を添えたまま、周囲の林を注視していた。
リューシャは振り返り、田崎の背を見ていた。
その姿に、何か祈るような気配を感じる。
背後に狼煙が上がり、続け様に黒い気配が湧き上がった。
「……来るぞ」
グランの言葉に、全員の緊張が跳ね上がる。
森を見上げると、枝葉の間に黒い影がわずかに見えた。
車内は張り詰めた静寂に包まれた。
田崎はハンドルを強く握り、前を見据える。
北西へ。オムカの杖が指し続けるその先へ。
車体が跳ね、フレームが軋む。
田崎はハンドルを押さえ込みながら、ちらりとメーターに目を落とした。
「後、どれだけ走れる……?」
燃料計の針がまた下がっている。
田崎の胸の奥に、小さく針で刺すような焦りが広がった。




