3 異界のもの
森は、死の気配に満ちていた。
この任務を受けた時から、彼女は胸騒ぎが収まらなかった。
同じ傭兵団の百戦錬磨の仲間たちが集められ、高額な報酬が提示されたのだ。
雇い主は奸商と名高い男で、扱う品々は怪しげなまじない道具ばかりだった。
しかし、滅多に人前に姿を現さない小人族が同行すると聞いて、彼女は予感の影を振り払うように胸を躍らせた。
幻と言われている小人族は、異界とこの世を繋ぐ者と伝わる。
その伝承の真偽を確かめることが、彼女の積年の願いだった。
いずれにせよ彼女に選択の余地はなかった。
しかし、小人は商人が独占し、声をかけることも姿を見ることすら許されなかった。
馬車が街道から外れた時、彼女は密かに臨戦体制を整えていた。
突然の襲撃にも、出遅れた仲間よりも先に飛び出し剣を振るった。
五年前もそうだった。
あの時、闇の民の力が暴走し、闇の獣が森から溢れ出した。
騎士団と僧侶の働きで、何とか森に追い返すことが出来た。
しかし森に近い町は大打撃を受け、傭兵団の仲間も獣の牙に倒れた。
五年前の獣よりもこの猿たちは凶暴ではあったが、統制が取れていないことに疑念を抱いていた。何かがおかしい……
猿たちの狂気に満ちた目には、はっきりと殺意が感じられた。
獣たちは森の民の管理下にあるはず。
暴走した闇の力は、五年前に再封印されたと法王からの声明があったのは記憶に新しかった。
しかし、現実に猿の群れは次々と現れ、馬車に襲いかかった。
御者がやられ、馬車が倒され、仲間も次々と倒れた。
革鎧の下で、心臓がやけに大きく響く。
その時、黒い霧を裂き、四角い金属の獣が飛び出した。
低い咆哮を上げ、二つの眩しい眼で猿を次々と撥ね飛ばし、血を散らして止まった。
森が、静まり返った。
剣を握る手に汗が滲み、動けない。
ただ衝撃と恐怖で、目の前を凝視するしかなかった。
獣の腹が開く、金属の軋む音が森に響いた。
次いで、大きな黄金色の獣が飛び出し、低く唸りながら前に出た。
その後に、異様な衣をまとった巨人が、奇妙な鉄の棒を構えて姿を現した。
この世界のものではなかった。
静寂を破ったのは、仲間の悲鳴だった。
戦士の首筋に、猿が噛みついている。
その瞬間、我を取り戻した。
「うぉぉぉ!」
思わず声が出る。
剣を猿の頭部に突き刺し、仲間から引き離した。襲いかかる次を斬り伏せ、三体目を蹴り飛ばした。だが、体は重く、呼吸は荒かった。
猿が次々と襲いかかる。剣は振るえるが、もはや体は思うように動かなかった。
振り返ると異界の男が、見たことのない鉄の棒で猿を殴り飛ばしていた。
骨の砕ける音が響き、その動きは、鮮やかで恐ろしく強かった。
気づけば、残った猿たちは森の奥に逃げていった。
血のにおいだけが、濃く漂っていた。
彼女は剣を握ったまま、荒く息を吐く。
目の前に立つのは、奇妙な衣をまとった大男と黄金色の獣、それに強烈な光を放つ二つの目を持つ鉄の塊のような何か。
それは、獣でもなく兵器でもないが、確かな意志を持つ存在のようだった。
助かったのか。
だが、なぜ自分たちを救ったのか。
安堵と混乱、本能的な警戒の間で、彼女は剣を握ったまま立ち尽くしていた。
その時、男が震える声で何か呟いた。
それは聞き慣れない、柔らかくも焦った響き。
それは彼女の知るどの言語とも異なり、まるで異界の響きのようだった。
あれは、人間か?異界の者か?
彼女の知る人間とは大きさがまるで違った。
巨人のような男を見上げるその顔に、不審と疑念が浮かんだ。
しかし、同時にその声の響きに、どこか懐かしさも感じていた。
金属の獣が低く唸り、その二つの目が不気味に光る。
彼女の背後で、森の奥から遠吠えが響いていた。




