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軽四駆X異世界疾風録 〜異世界転移したら愛車も一緒だったので、ボロボロになりながら帰ることにした  作者: タキ マサト
第三章 道なき旅路

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1 道なき旅路 

挿絵(By みてみん)



 薄暗い木々の合間を縫い、オムカの杖の指す方向へ、ジムニーは突き進む。

 藪や灌木を車体で薙ぎ倒すたび、鉄板が軋み、枝が車体を擦る甲高い金属音が響いた。


 右のヘッドライトは光量を失い、頼りない。

 スピードは出せず、速度はせいぜい時速十五~二十キロといったところか。

 木に衝突すれば、即座に立ち往生だ。慎重に進むしかない。


 だが、それは騎士たちに追いつかれることを意味した。

 背後から蹄の音と怒声が迫る。


 グランが何か叫ぶ。

 ヒュン!と矢がジムニーの右側面をかすめ、木の幹に突き刺さった。

 次の矢がバックドアをカーンと打ち、グランが慌てて首を引っ込める。


 リアのガラスはすでにない。

 矢が車内に飛び込んで誰かに当たりでもしたら、怪我では済まない。


 その瞬間、助手席にビィーンと矢が突き立った。

 矢尻がリューシャの左腕すれすれから飛び出していた。

 リューシャが呻き、グランが素早く矢を引き抜いた。

 ホーガイはイリナを抱きしめ、後部座席の床で丸まっていた。


「……マジかよ!怖ぇよ!」

 田崎は、首をすくめて叫んだ。

 猿のバケモノの次は武装した騎士。田崎の頭は混乱していた。


 リューシャが小弓に矢をつがえようとしている。

 バックミラーにちらちらと木々の合間に見え隠れする騎馬の姿が見える。


「リューシャ!やめろ」田崎はそれを左手で制し、オムカに叫ぶ。

「オムカ!どっちだ!」

 オムカが杖で左手の斜面を指し示す。


「登れってか!」

 田崎はハンドルを切り、エンジンが爆音を上げる。

 四輪駆動が悪路を掴み、車体が駆け上がった。

 焦げ臭い排気ガスが車内に入り込み、喉を刺した。

 ジグザグに最後の岩を乗り越えると、騎士団が斜面の下で立ち往生しているようだった。


 斜面の上は草地の下り坂で、その先に再び森が広がっている。

 杖の指す方に車を向けた。

 枝葉が車体を叩き、窓のない車内へ容赦なく吹き込む。

 木の根が車を跳ね上げ、ぬかるみがタイヤを滑らせた。


……この調子だと、すぐガソリンがもたない。


 田崎の額に冷たい汗が浮かぶ。


 夕闇が迫る頃、騎士団の馬蹄の音もいつの間にか聞こえなくなっていた。

 グランが後ろを振り返り、安堵したように何かを告げた。


「…振り切ったか」

 田崎は大きく息を吐いた。


 前方のライトの中、グランとリューシャが素早く動く。

 グランが蔦を短剣で断ち切ると、リューシャが倒木の枝をへし折り、車の通れる幅を確保する。

「右だ!根っこが出てる、気をつけろ!」

 二人が何事か声を掛け合い、道なき道に、かろうじて道を作っていく。


 街道は騎士団に封鎖され、戻る道はない。頼れるのはオムカの杖のみ。

 日が暮れると、光源はジムニーの心許ないヘッドライトだけになった。

 ナビゲーターのオムカはジムニーを降り、鼻歌まじりに地面を叩きながら先を行く。

 ぬかるむ獣道を、小さな足で軽やかに跳ねるように先導する。


 だが、ジムニーはそうはいかない。

 落ち葉に覆われた岩混じりの坂で、後輪が空転する。


「くそっ……」

 何度も切り返しながら、沢を渡り、泥濘を越える。

 一行は、暗闇に包まれた山道を、じりじりと進んでいく。

 エンジン音とタイヤが枝を踏み砕く音だけが響く。

 田崎はハンドルを握りしめたまま、小さく息をつく。

 ジムニーの前方に見えるのは、誰も踏み入れたことのないような、深い闇だった。


「くっそ!……」

 ジムニーの右前方のライトが、明滅を繰り返したのち、不意に闇へと沈んだ。

 燃料計の針がまた下がり、水温計の警告灯が赤く点滅を始める。

 田崎は思わずブレーキを踏んだ。


 苦しげなノッキング音を残し、エンジンが沈黙する。

 前後のガラスのない車内に、冷たい夜気が吹き込む。

 田崎はジムニーを停め、全員が無言のまま外に出た。


「もう、これ以上は無理だな……」

 田崎は周囲を見回した。

 暗闇の中、道なき道を片目のヘッドライトで進むのは不可能だ。

 ボンネットの隙間から白い蒸気がかすかに立ち上っている。

 もしオーバーヒートを起こしたらエンジンが焼き付く、修理もできない。

 

 オムカは腰の袋から白い粉を取り出し、まじないの詠唱を始めた。

 やがて、周囲を包んでいたざらりとした気配が、わずかに薄れたように思えた。


「影が……遠ざかったのか……?」

 田崎はつぶやくが、確証はない。むしろ、心細さは募るばかりだった。

 厚い雲に覆われ、月明かりが閉ざされる。


 グランが硬いパンと果物をそれぞれに配った。

 風が枝を鳴らし、森の奥からサルとも人ともつかぬ叫び声がかすかに響いた。

 簡単な食事を済ませると、一行は冷え切った車に戻った。


 本当に、家に帰れるんだろうか。

 この世界にきてから、何度も掠めた不安で、胸が押し潰される。

 ほんのかすかに、父の影を探そうとする自分に気づき、首を振った。


「最悪だな……」

 ぼそっとつぶやく田崎の言葉は、静かな森の闇の中に消えた。


 田崎は深くため息をつき、後部座席へ視線をやった。


 そこではリューシャが、眠るイリナの背をそっとなでていた。

 時折、青白い顔が苦痛にゆがみ、小さくうめき声を漏らす。

 そのたびにリューシャの指先が、よりやさしく背をなぞった。


「これ……使って」

 田崎は、自分のダウンジャケットを脱ぎ、リューシャに手渡した。

 彼女はきょとんとした表情でそれを受け取り、柔らかく軽い生地をまじまじと見つめたのち、そっと羽織った。

 イリナを胸に抱き寄せ、ジャケットの中へ包み込む。

 田崎は後部座席へと身を乗り出して、ジッパーを静かに引き上げた。


 フロントガラスのない車だ。もし何かの衝撃で、幼い身体が吹き飛んだら……

 その想像が、喉の奥を冷たく締めつける。


 夜が更け、風が森を鳴らした。

 助手席では、グランが闇を睨みつけるように未知の危機への気配を探っている。

 ふとグランと目があう。

 グランはにっと口角を上げると、無言で拳を田崎に向けた。

 田崎も、その固い拳に自らの拳を合わせる。


 言葉は通じない、しかしその力強い視線と重い拳はグランからの信頼の証だった。

 まだ数日だったが、絶体絶命の逃走、鬼猿との戦いを乗り越え、確かに芽生えつつある友情だった。

 後部座席では、ホーガイ、リューシャ、イリナが肩を寄せ合って眠っている。

 床に丸くなったルーが、リューシャたちを守るように身を寄せる。

 ときおりリューシャを見上げるようにして、耳をぴくりと動かした。


「コビトノサト、ホホーイ、コビトー、サトー…」

 ダッシュボードの上でオムカが子守唄のようにひそやかに歌い出す。


 小人の里…、そこに行けば帰還への道が開けるかもしれない…

 明日は、この道なき道をさらに走破しなければならない。


 今は、休もう……


 田崎は目を閉じた。

 

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