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軽四駆X異世界疾風録 〜異世界転移したら愛車も一緒だったので、ボロボロになりながら帰ることにした  作者: タキ マサト
第二章 兆し

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11 追る騎士団

 朝靄にけぶる森は、異様な静寂に包まれていた。

 鳥も虫も風も息を潜め、死者の吐息だけが森を支配していた。


 街道の森に差し掛かった騎士団の一行は、眼前に広がる光景に言葉を失った。


 そこには、無数の猿の死骸が横たわっていた。

 捻れた四肢と膨れ上がった目、口を開けたまま転がる猿とも獣ともつかぬ死骸は、地面に黒い染みを広げていた。


「……これは、まじないの災いか……?」

 若い騎士が低くつぶやいた。


「いや……」

 老練の斥候が、しゃがみ込んで死体の傍らに指を伸ばす。その先には、泥に深く刻まれた二本の痕があった。馬車の車輪ではない。明らかに、なめらかに刻まれた未知の形状。


「……鉄の箱車。魔獣の跡としか思えん」

 騎士隊長から告げられていた鉄の箱車。

 それが、現実のものとしてこの惨劇に関わっていることを、誰もが確信した。


 騎士たちは無言で轍の跡を追う。死体は次第に、羽根を生やした猿や猿の面を持つ豹へと変化していった。


 その死に様は凄惨で、明らかに人の手によるものだった。

 矢や刀傷が深く刻まれ、そこには異常な力と意志の痕跡が残されていた。


「これほどの数……ただ者ではない……」

 やがて轍は街道を外れ、丘の下り斜面へと続いていた。

 視界が一気に開けた。その手前で、騎士の一人が悲鳴を上げた。


「お、鬼だ……鬼の猿だ!」

 土の上に大の字で倒れた、それは巨大な鬼の顔を持つ猿の死体だった。

 目は大きく見開かれ、裂けた口からは黒い血が垂れていた。

 割られた頭には、鋭く抉るように走った刃の跡。


 報告役の少年騎士が馬を走らせる。これはただごとではない。



 その知らせの鳩が聖都へ向かう一方、田崎は部屋で目覚めた。


 午後の陽射しが窓から柔らかく差し込んでいる。


 全身がこわばり、鈍い痛みが身体を包んでいる。特に腹部の痛みが強く、思わず呻き声が漏れる。


「……う、ぐ……」

 そのとき、ふいに重みを感じた。顔の上に温かく湿った感触。

「わっ……ルー」

 ベッドの上に飛び乗ったゴールデンレトリバーが、田崎の顔を舐めている。

 優しく、励ますように。


「ありがとな……」

 ルーはベッドから下りると、しっぽを振りながら広間の方へ駆けていく。


 田崎は痛む身体をなんとか起こし、暖炉のある広間に向かった。


 そこには、安楽椅子に膝掛けをかけて座る一人の少女がいた。

 青白い顔に、儚げな笑み。頬は痩せ、体も細い。

 ホーガイの娘だとすぐにわかった。


「……」

 リューシャは、隅の卓に弓を置き、剣の手入れをしていた。

 少女の傍らにはホーガイとオムカが、黒い箱を前に何かを言い争っている。


 田崎には意味が分からない。

 ただ、真剣な顔と指差す動作から、緊急性が伝わってきた。


 そのとき、玄関の扉が開き冷たい風が吹き込んだ。


「……ただいま戻りました」

 グランが外套を脱ぎ、屋敷の執事とともに顔を険しくして広間へ入ってくる。


 執事が報告する。

「街が妙です。騎士団が大通りに集結し、街道沿いにも検問が続いています。轍の跡を追っているようです。ここも……時間の問題です」

 一同の顔色が変わる。空気が張り詰め、誰もが言葉を失った。


「……そうか、見つかったか……!」

 ホーガイが椅子を蹴るようにして立ち上がった。

 そして、田崎に向き直り、震える声で叫んだ。


「頼む……あの子も連れて行ってくれ!」

 目には涙がにじんでいる。

 父としての誇りも、立場も、すべてを捨てた懇願だった。

 そのとき、メイドの一人が駆け込んできた。


「旦那様!山の下に……騎士団が集まっております!」

 時が止まったような一瞬の沈黙。


 そして、ホーガイが絶叫する。


「イリナを!娘を助けてくれぇっ!」

 その叫びに、リューシャがゆるやかに立ち上がり、病弱な少女、イリナをそっと抱き上げた。驚いた顔の少女は、しかしすぐにリューシャの腕の中で安堵の表情を浮かべた。


「……ありがとう……お姉ちゃん……」

 ホーガイの顔に、わずかな希望の光が差した。

 だが、それもつかの間。

 彼は執事たちを手招きし、低い声で言い聞かせた。


「いいか、お前たちは地下室から逃げろ、地下の金庫の金で国外へ逃げるんだ。もし見つかったら、わしに脅されてやったとでも言えばいい。……なあに、誰もお前たちを責めたりはせん」

「し、しかし旦那様……」

「うるさいっ!」

「早く行けっ!!地下通路だったら絶対に見つからん!」

「……旦那様……」

 涙を浮かべた執事たちは、震える声で頭を下げ、従うしかなかった。

 外からは、かすかに馬のいななき。蹄の音が風に乗って聞こえてくる。


 静寂の中、屋敷の空気は張りつめ、凍りついたように冷たくなっていた。


 田崎の喉が、ごくりと鳴る。

 声は出なかった。


 ただ、胸の鼓動だけが耳に響く。


 執事たちの涙も、迫る馬蹄の音も、舞台の上の出来事のように遠ざかっていく。


 だがこれは夢ではない。


 もう逃げ場はなかった。



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