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軽四駆X異世界疾風録 〜異世界転移したら愛車も一緒だったので、ボロボロになりながら帰ることにした  作者: タキ マサト
第二章 兆し

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10 夜をこえて

 ジムニーのボンネットに月明かりが淡く射していた。

 雲ひとつない満点の星空。半月の周りだけ月明かりが星の光を遮り、漆黒のリングを作っている。

 フロントもリアも割れた車内は、冷えた風の通り道と化していた。

 街道の闇を切り裂くヘッドライトも、右側はすでに光の半分を失っていた。


 グランの肩の傷は、幸いにも革鎧が衝撃を和らげていた。

 後部座席の救急箱を取り出し、グランの鎧を外した。

 傷は浅いが出血が多い。ペットボトルの水で洗い流し、消毒薬を染み込ませたガーゼを押し当てると、グランは顔をしかめた。


 リューシャの顔には、豹猿との戦いで受けた切り傷が走っていた。血で濡れた頬に水をかけ、そっとガーゼで撫でるように拭う。

 消毒薬のしみる痛みに彼女は眉をしかめたが、何も言わなかった。

 ただ、その手つきになぜか懐かしさが胸を揺らし、頬を赤く染める。

 悟られぬよう、そっと目を伏せた。


 田崎自身の腹は鈍く痛んでいたが、セーターとダウンジャケットが衝撃を吸収していたのだろう。


 車内では、風に吹かれながらオムカが胡座をかいて座っていた。

 ダッシュボードの上、木彫りのようなその姿が杖を前方に指す。

 影の気配は、もうなかった。深夜の街道は静かで、人の気配すら遠い。


 ジムニーのエンジンが唸りを上げる。田崎はヘッドライトに浮かぶ草原に伸びる街道を進めていった。


 やがて、街道沿いにぽつりぽつりと民家の影が見え始める。田んぼのような湿地を過ぎ、小さな丘に差しかかる。


 右手には、ぼんやりと明かりを灯した城壁の街が見えてきた。

 高さはおよそ二メートル、石と土で築かれた簡素な防御線。

 その背後に建物の屋根が重なっている。


 そのとき、ホーガイが後部座席から身を乗り出し、何事か叫んだ。


 オムカが杖の向きを変える。

 ジムニーは街道を外れ、木立の小道に入っていく。

 枝が車体をこすり、嫌な音を立てた。


 道はじわじわと上り坂になり、山の中腹に達する。

 その先、林に囲まれるようにして、ひっそりと佇む石と木の造りの屋敷が現れた。


 ホーガイは真っ先に車から飛び降りると、鉄の扉を拳で叩き、大声で何かを叫んだ。しばらくして、ランプを手にした人影が扉を開けた。


 恰幅の良い初老の女性だ。

 彼女はホーガイを見るなり「ぼっちゃん」と声を上げて駆け寄った。


 さらに、背の高い中年の男が部屋着のまま現れ、「おかえりなさいませ、旦那様」と深く頭を下げる。


 グランとリューシャが不安げな様子を見せると、ホーガイは振り返って言った。

「ここは秘密の屋敷だ。わしの家ということを知っている人間は、この家の者しかおらん。安心せい」

 田崎も膝を折り、頭を下げて屋敷に入る。

 屋内は質素ながら、選び抜かれた家具が揃い、無駄のない温もりを感じさせた。


 ホーガイは執事に何事か耳打ちし、奥の部屋に消えていった。

 やがて戻ってきた執事は「娘の容体は安定しておりますが、油断はできません」と答えた。ホーガイの眉が寄る。


「この者たちは命の恩人だ。休ませてやってくれ」ホーガイはメイドに命じる。

 起きてきた若いメイドが二人、軽く会釈し、部屋の準備を始めた。


 初老の婦人に食事の準備を頼み、ホーガイは暖炉のそばに腰を下ろす。

 その傍らの壁には、にこやかに微笑む婦人の肖像画が飾られていた。

 田崎のその視線に気づくと、ホーガイが呟く。


「……死んだ妻だ」

 ホーガイはそれ以上語らず、暖炉の火に目を落とした。

 やがて執事が銀のトレイに地図と駒を載せて戻ってくる。

 羊皮紙の地図を広げ、聖都、闇の森、竜猿との戦いの地、川、村、そして街道をたどって駒が置かれていく。


 ホーガイとオムカは地図を前に言葉を交わしていた。


 そのうちに、パンの焼ける香りとともに、温かなスープと熱いお茶が運ばれてきた。

 素朴だが滋養のある食事だった。

 皆が黙って食事を口に運ぶなか、田崎はふと気づく。

 あの混乱の一夜を越えて、気づくと昼から何も食べてなかった。


 いまようやく温かい食事にありついているのだ。


 食べ終えると、ホーガイがメイドに指示を出す。


 田崎とリューシャはメイドに、部屋に案内された。

 廊下を抜けた先、厚手の扉の向こうに、整えられた簡素な客間があった。


 ベッドが二つ並び、壁際にはもう一つ、細身の寝台が置かれていた。


 ルーが田崎の足元をついてきて、ベッドの脇に丸くなる。

 田崎は、もう何も考える余裕もなく寝床に身を沈めた。


 欠けゆく半月が、ホーガイの屋敷を照らしていた。

 その光の下、屋敷の庭先で、鉄のボンネットがひそかに銀色を返した。




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