7 襲撃 2
ジムニーは森の街道をひたすら突き進んでいた。
右側のヘッドライトの光が、暗くぼんやりと頼りない。
先ほど、大木に激突した影響だろう。
計器の時計は二十時を過ぎたところだった。
田崎は不安げに前を見据えながらハンドルを握りしめる。
フロントガラスにこびりついた血と泥が視界を遮る。
これが、幹線道路なんだよな……?
山道と違って、街と街を繋ぐ街道だとはいえ、大きな陥没や轍が深く抉れている個所が散見される。
「まだか……いつになったら、森を抜ける……」
疲労と苛立ちが田崎の胸を締め付けるように迫る。
その瞬間、空気が一変した。
「ぎゃああぁぁ!!」
獣の金切り声のような叫びが、空を震わせてこだました。
「また!?」
視線を上げると、月光のもと、影が編隊を組んで迫ってくる。
羽猿たちだ。滑空するように高度を落とし、一直線にジムニーへと突っ込んでくる。
「くっ!」
鈍い衝撃音とともにリアウィンドウに一体の羽猿が激突した。
ガラスが砕け散り、破片が車内に降り注ぐ。
「ギャアアア!」
顔を突き出そうとした羽猿の眉間に、グランの短剣が突き刺さった。
羽猿は絶叫をあげ、ガラスの外へと消えていく。
リューシャが弓を取り、鋭く声をあげた。
「タサキ!」
一瞬、視線が交差する。
田崎はうなずき、パネルを操作して助手席の窓を開ける。
リューシャは身を乗り出し、矢をつがえ羽猿に狙いを定め次々と放った。
後部座席のグランは、ガラスの破れ目から迫る羽猿を短剣で迎え撃った。
羽根を切り裂き、喉を穿つたびに血がはねる。
「頼む!頑張ってくれ」
田崎はバックミラー越しにその姿を見た。
さらにアクセルを踏み込み、車体が跳ねるように前へ飛び出す。
ようやく森の木々がまばらになり、道が開けてきた……と思ったその時。
「ッ!?……横っ?」
運転席の窓から疾走する豹猿の影が見えた。赤い目が光る。
「来る……!」
豹猿がリアに飛びかかった。
衝撃音とともにリアウィンドウの割れ目から前脚が差し込まれる。
「くそっ!」
ヘッドライトの先は凹凸がないように見えた。
田崎は咄嗟にハンドブレーキを上げ、そしてハンドルを左に切った。
タイヤが地面を削り、車体が半回転する。
仲間たちも車内でもんどりうつが、豹猿も遠心力で弾かれ、木々の中に転げ落ちた。
抗議の声が車内で響くが、新たな脅威が迫っていた。
前方には、再び姿を現した豹猿が数頭。
道の真ん中に立ち塞がるように構えている。
田崎は顔をしかめ、アクセルを全開にした。
「突っ込む……!」
同時に豹猿が飛び上がった。フロントガラスめがけて、牙を剥き飛来した。
鈍い音とともに蜘蛛の巣のようにガラスが白く曇る。
次の瞬間、風圧と共にガラスが外れ、宙に舞った。
リューシャが長剣を抜き、飛び込んできた豹猿の胸に突き刺す。
獣の絶叫がこだまし、跳ね飛ばされた巨体が道に転がり、血飛沫が窓のない車内に飛び散った。
ジムニーはさらに加速し、前方の豹猿二頭を押し潰すように轢き飛ばした。
悲鳴と骨の砕ける音が重なる。
背後では、グランがなおも羽猿を引き裂くように格闘していた。
ズシン。
地響きとともに現れたのは、二本のツノを生やし棍棒を振りかざす鬼猿。
豹猿の背にまたがり、闇の王のように立ち塞がった。
「マジか‥」
その姿に驚き、ハンドルを左に切る。オムカの杖の指す方向とは逆だった。
ジムニーは森を抜けた。だが、すでに街道は外れていた。
月明かりの中、視界が急に開ける。見渡す限り、切り立った崖が落ち込む丘陵地をすべり落ちる。
「しまった!」
田崎はハンドルを切り、ブレーキを強く踏む。車体が草の上で横滑りし、地面を削るようにして停止した。崖の端、あと数メートルで落ちていた。
「っ、くそっ……!」
背後からは豹猿が二頭。鬼猿が豹猿から降りて棍棒を振り上げながら迫る。
その後方、月明かりの中に、別の人影が乗った豹猿がひっそりと現れた。
木立から進み出て、とどめの瞬間を見守る。
気高く、冷ややかな光を宿すその瞳。
田崎の顔から血の気が引き、冷徹な恐怖が全身に広がった。
胸の奥が凍りつくような、異世界に来て以来、初めての「死」の感覚が襲ってくる。
絶体絶命──
絶望が、風の音すら奪っていった。




