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軽四駆X異世界疾風録 〜異世界転移したら愛車も一緒だったので、ボロボロになりながら帰ることにした  作者: タキ マサト
第二章 兆し

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3 草原を越えて

 まるで悪夢だった。

 リューシャの脳裏に、郷の長老が語ってくれた遥か昔の言い伝えが甦った。


 夜の闇に浮かぶ異形たちの光る眼と耳をつんざく奇声、そして猿の顔を持つ巨大な竜。

 その情景を思い出した瞬間、リューシャの背筋に寒気が走った。


 もう何度「これで終わりだ」と思ったか分からない。

 あの鉄の箱車が唸り声をあげて突っ込んできたとき、リューシャは世界の理が崩れたかと思った。

 

 だが今、その箱車の中で風を受けながら草原を走っていた。

 浮き上がるような揺れにも慣れ、窓の外を金色の草が風に流れていった。

 リューシャは隣の男、あの異界の者の横顔をちらっと見た。

 

 大きな体だが、均整の取れた細身の体躯。

 見たことのないフード付きの黒く光る外套に、丸首の被りの厚手の上着。

 深い草色のズボン、仕立ての良い茶色の革靴。


 不釣合いなほど柔らかい瞳。仕草は丁寧で、さりげない気遣いがある。

 出会って間もないのに、まるで魔術のように見たこともない料理を生み出して差し出してきた。


 男の目の奥に、リューシャはふと、迷子のような寂しげな影を見た。

 彼自身にも分かっていないのではないかと思わせる、深い孤独の色。

 胸の奥に、鋭く静かな痛みが走った。


 後部座席ではホーガイとグランが興奮した様子で男の持ち物や車の仕組みを指差しながら喋っている。商売の匂いを嗅ぎ取った商人と、好奇心旺盛な戦士は、まるで子供のようだ。


 ダッシュボードの上では、小人のオムカが脚をぶらぶらさせながら冗談を言っていた。

 もちろん男には通じていないが、笑顔で相づちを打つ姿に、リューシャは思わず微笑む。

 

 小人は邪な人間には絶対に近づかないという。

 ホーガイも狡猾で口がうまく信用ならぬ面もあるが、根の部分で悪人ではないのだろう、多分。


 膝の上で、ルーが鼻を鳴らす。

「ルー」

 そう、男が呼びかけていた。

 最初はその大きさに身構えたリューシャだったが、ルーの知的な瞳と、顔をぺろりと舐める愛嬌にすぐに心を許してしまった。


 昼になり、草原の小道の脇で一行は停車した。

 男がまた魔術のように道具を並べ、手際よく食事を整えはじめる。


 鉄の板に熱を加え、薄切りの肉と汁気の多い炒め物。

 香ばしい蒸気が立つ鍋の蓋を開けると、中には白く輝く小さな細長い実のような粒が詰まっていた。


 笑みを浮かべて見たこともない紙のような皿に盛ったそれを差し出す男に、リューシャは「ありがとう」と口の中で呟いた。

 伝わらなくても、それでいい。

 

 ふと田崎の視線を感じた。目が合うと照れくさそうに目を伏せる。

 優しいその視線は、今までリューシャが経験したことのないものだった。


 陽が傾き、空の端が朱に染まる頃、遠くに煮炊きの煙が見えた。

 

 村だ。


 ジムニーを街道から逸れた茂みに止め、田崎、確か、そんな名だったか…の指示で枝葉で隠した。


 ホーガイは懐から金貨を取り出し、話の通じそうな村人を見つけて一軒の家を借り受けてきた。

 さすがは金の亡者、交渉事には抜かりがない。

 村を歩く田崎に、人々の好奇な視線が集まる。

 その背丈はこの世界の誰とも異なっていた。


 村人は自分の背丈の倍くらいはあろうかという姿を見上げた。


 奇異の目、囁き声。

 どこにいってもつきまとうその視線にリューシャは慣れていた。

 両親は幼い頃に死んだ。

 どんな顔をしていたのか記憶もない。


 七歳で初めて、郷に紛れ込んだ魔の獣の群れとの戦いに参加した。

 大人たちを凌駕する体格で剣を振るい、猿どもを蹴散らした。


 けれど、退けたあとに待っていたのは、賞賛ではなく畏怖と化物を見るような目だった。

 異界の血が混じったせいで、郷のものからは「呪いの子」と陰口を叩かれた。


 獣はたびたび郷を襲った。

 血の匂いと土の匂い、そして誰も近寄らない古びた蔵。

 孤独の時間だけが剣を鋭くし、弓を正確にした。


「銀の刃のリューシャ」呼び名は誉れではなく、孤独の証。


 先祖は異界の者との混血だと伝えられている。

 その伝承だけが、自分の孤独を支える拠り所だった。

 だが、なぜ自分だけが?その答えは見つからなかった。

 

 その答えに近づく一つの鍵が小人だった。

 異界とこの世を繋ぐもの。


 傭兵団に身を投じ、見聞を広めつつ小人を探し求めていた。

 今回の依頼はまさに渡りに船だった。


 そして……本当にいた。

 異界の人間、伝承は真実だった。


 前を歩く異界の者の田崎の背中に、リューシャは自然と親しみを覚えていた。

 同じ孤独を背負う彼の瞳に、自分の影が重なる。なぜか、胸が熱くなった。

 

 家は小さく、梁も低い。

 リューシャは慣れていたが、田崎は何度も頭をぶつけ、そのたびに「いてて……」と呟いていた。

 その様子が妙におかしくて、リューシャは何度か噴き出しそうになる。

 こんな風に笑うことができたなんて、と自分でも驚く。


 ホーガイが女主人に命じて、夕食を豪勢に整えさせた。

 肉の煮込み、焼いた根菜、香草のスープ、干し果実とナッツを和えた甘味。

 リューシャと田崎は床に直接座り、グランとホーガイは椅子に座っていた。


 一皿目を口に運んだ田崎は、驚いたように目を丸くし、そのまま夢中で料理を頬張っていった。

 その表情がまたおかしくて、リューシャはたまらず噴き出した。

 田崎の視線が、再びこちらに向けられる。

 柔らかな瞳に映る自分の姿。


 今まで誰もこんなふうに見てはくれなかった。

 心の奥で、何かが静かに芽生え始めるのを感じた。


 それは、戦場でしか身の置き所がなかった自分に、温かな風に体を包まれる予感。

 もしこの旅が終わっても、彼の影が胸に残るなら、一人ではないのかもしれない。


 寝室には、ホーガイの指示で無理やり三つのベッドを並べた。

 田崎がようやく体を伸ばせる程度の長さだ。

 布団に体を沈めた田崎がほっと息をつくと、ルーがぴょんと飛び乗った。

「こら、汚いだろ」と田崎が言うと、ルーは反省したように耳を伏せ、床に下りてリューシャの隣に身を伏せた。


 リューシャは笑いながらその頭を撫で、剣を抱えたまま、そのまま床に腰を下ろした。

 風が窓を叩き、遠くで犬の遠吠えが聞こえた。


 見知らぬ家。

 だが、どこかあたたかい。

 夜が、静かに更けていく。

 

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