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軽四駆X異世界疾風録 〜異世界転移したら愛車も一緒だったので、ボロボロになりながら帰ることにした  作者: タキ マサト
第二章 兆し

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1 森の民

森は暗く深く、だがその豊かさはとうに失われていた。

 そこに息づくのは、陽光を忌み嫌い、闇のうちに生き延びてきた者たちがいた。


 骨張った体に青白い皮膚と赤い双眸が浮かび上がり、くぼんだ眼窩に宿るのは燃えさかる怨嗟の光。


 彼らは太陽の下では生きられぬ種族だった。

 月から力を引き出し、闇の中でだけその存在を維持していた。

 

 かつては深い豊かな森の中で穏やかに暮らしていたが、幾度かの戦と「浄化」の名のもとに森を焼き払われ、住処は蹂躙された。


 異界からの闇は絶え間なく湧き出し、森の獣を凶暴にさせた。

 巌窟内の漆黒のドーム、脈打つ紋様に縁取られた祭壇は、闇を集め、影の力に変え闇を制御する。


「封印の戒めは、影の力を奪う」

 暴走する闇の力を影に変えて、森の獣を手なづけ使役する。

 被害を抑えつつ均衡を保ってきたのが森の民、光の民からは、闇の民と呼ばれる彼らだった。


「それを光に目がくらんだ者どもは、分かってはおらんのだ」

 巌窟寺院のドーム、顔が映るほど磨かれた黒い床岩。

 闇の力がもっとも沸き立つ場所。


「聖戒騎士団は森を焼き、獣を追いやった……そのたびに闇が溢れかえる……」

 その中心に、一人の老いた男が祭壇に腰掛けていた。


「五年前、わしらの子らも、あの炎で死んだ……」

 頭巾を深くかぶり顔のほとんどは影に沈んでいるが、わずかに覗いた口元には怒気が滲んでいた。


「……あの忌まわしき封印の箱を、必ず、葬らなければならぬ」

 低く、くぐもった声が巌窟を満たし、集まった者たちがひときわ身を固くした。


「封印が再び森に触れ、均衡に綻びが生じた」

 長老の視線の先に白衣の僧が静かに立っていた。

 顔はフードで覆われ、穏やかな所作の奥に、刃を忍ばせたような緊張感が漂っている。


 その僧侶こそ、封印のほころびを導いた者。


 地上の寺院に潜伏し、光の民を言葉巧みに操っていた森の民だった。

 その赤い目は陽に焼かれ再び開くことはなく、黒く焼け爛れた跡が顔の左半分を覆っている。


「あの男が、箱を運んでいる。まさか鉄の獣に乗って、逃れるとは……」

 長老の言葉にざわめきが走る。


「……鉄の、獣?」

「目が光り、夜の森を突き進む。唸り声を上げて猿たちを蹴散らした。あれは地上の術のものではあるまい」「異界の力が、我らを妨げようとしているのか」

 長老は笑うでもなく呟いたが、その声音には深い警戒の色がにじんでいた。


 黒衣の男の指先から、蛇のような影が音もなく伸びた。

 闇を裂き、森の南端へと這うその影が、やがてひと筋の道となる。


 彼の目は半ば閉じられていたが、その意識は遠く夜の森を走る鉄の箱車を確かに捉えていた。豹猿のように早いが、休むことなく走り続ける鉄の獣。


 その速さは、彼が知る限りの速度をはるかに超えていた。


 影を操る手が小刻みに揺れる。


「……見えた。獣の中には複数……奇妙な者が同乗している。奴らが…」

 言葉の途中で、男の体がわずかに揺らいだ。


「……クソッ、小人の、まじないか?……」

 膝をつき、喉奥から黒い血を吐いた。そのフードから覗く顔はまだ幼さが残っていた。 

 足元の影が崩れ、波紋のように広がっていく。


「お前にはまだ早すぎたか。休め」

 年長の影使いが駆け寄り、肩を貸しながら顔をしかめる。

 苦悶の表情のままうなずき、くぐもった声で応じた。


「……しかし、居場所は掴みました……あの男が箱を持っています……」


「…商人だな。まさかお前が仕掛けた誘導に、ここまで応じるとはな」

 長老の言葉に、白衣の僧侶はただそっと首を垂れた。


……もう少しで悲願が叶うはずだった。なぜ、運命はまた闇に背を向ける。


 白衣の僧侶は唇を噛む。焼けただれた頬が、わずかに震えた。

 影の管理者としての一族の血が、ようやく贖われるはずだった。

 あの光の下で失った視界が嘲笑うように疼く。

 影への渇望が、血の奥で静かに燃え続けるのを感じずにはいられなかった。


「よい。ならば、こちらも眠りを破ろう」

 空気が変わる。冷気と湿り気が地の底を満たし、巌窟の奥に鈍い音が響いた。


 長老は杖を掲げる。


「封印が森にある今なら、竜猿の封印の戒めが解ける……」

 黒衣の影がざわりと動く。巌窟寺院の裏側に深く穿たれた窪み、かつての光の僧侶と小人たちによる封印が沈む地へ、禍々しい影が流れていく。


「獣たちだけでは足りぬ。あれが動けば、鉄の箱ごと討ち果たせよう」

 長老の前に控えていた二人の黒衣の若者が一歩進み出た。


 ひとりは古びた鈴を腰に下げた猿使い、もう一人は黒い靄をその身にまとった影使い。

 赤い目を光らせ、その肌艶はどこまでも青白く透き通っている。


 影使いは手をかざし、地の底から迫るような影を呼び起こした。

 漆黒のモヤがその手元から地表へと這い昇っていく。


 そして商人の懐にある封印の箱に向かって、蛇のような影が伸びていった。

 影は小人の結界に気付かれることなく通過し、そのまま封印の箱を侵食していく。


 長老もまた、影を伸ばし呪詛の祈りを捧げた。

 月明かりが照らす中、竜猿の石像が音もなく数十体佇んでいた。


 巌窟寺院の裏手、鬱蒼とした森に影は向かい、一体の石像にモヤがまとわりつく。


 やがて、その石像に亀裂が入ると、赤い目が光った。

 猿使いが鈴をチリンと鳴らすと、影を通し石像の真上でその音が響く。

 

 抗議の唸り声を上げ、竜猿は目覚めた。

 

 長老は巌窟を見渡し、満場の民に告げた。


「奴らを闇に還す。その刻は、遠くない……」



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