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軽四駆X異世界疾風録 〜異世界転移したら愛車も一緒だったので、ボロボロになりながら帰ることにした  作者: タキ マサト
第一章 異界のもの

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10 悪夢 

 夢か、記憶か。

 意識の底をふわふわと漂っていた田崎の脳裏に、ふと声が差し込んだ。


「ちいさなおじさんを呼び出す方法があるんじゃよ」

 あれは、いつの話だったか。祖父が囲炉裏端で、湯呑みを片手に、ぽつりと話したような。


 確かに、そんなことを言っていた。


 だが、肝心の部分が思い出せない。記憶の中の祖父の口元が、笑みを浮かべるように揺らいで、言葉は霧の向こうへ消えていった。


 寝たのか眠れていないのか、はっきりしなかった。

 もどかしさのなかで、田崎はゆっくりと目を開けた。

 車内はまだ薄暗く、焚き火の明かりが遠くにちらちらと揺れていた。

 スマホの表示は、四時四分を示していた。

 と、その瞬間。


──ぐらっ。

 ジムニー全体が、大きく横に揺れた。最初は、夢の続きかと思った。

 だが違う。

 明らかに現実の「揺れ」だった。

 山が、地鳴りを上げたかのように、ゴウ、と地の底から鳴るような低い音が響いた。

 田崎の心臓が、寝起きの胸の中で跳ね上がった。

「地震…?」地震にしては何かが違う。


 ジムニーの窓の外、焚き火の向こうで、誰かが声を上げた。

 リューシャか、グランか、それともホーガイか。言葉は聞き取れないが、ただならぬ緊張感が張り詰めてくるのは伝わってきた。 

 田崎は身を起こし、ドアに手をかけた。吐く息が白い。車内はすっかり冷えきっていた。

 そして不気味な静寂が周囲を覆った。


 わずかに欠けた月が西へ傾き、薄雲がその光を滲ませる。

 ジムニーのボンネットから先、闇に沈んだ森の中に、異形の気配が満ちていた。


 最初に目に入ったのは、目だった。

 地面近く木の根の間から、獣のように低く唸る気配とともに、無数の目がギラリと光を返した。

 次の瞬間、叫び声が一斉に上がった。

 獣とも鳥ともつかぬ、喉の奥から突き上げるような咆哮。


 そして、

──上だ。

 田崎は瞬時に気づき、首を巡らせて空を見上げた。


 森の木々よりも高く夜空を背景に、奇怪な「顔」がこちらを見下ろしていた。


 それは、猿の顔を持った竜だった。


 猿の顔は不釣り合いに長い首に支えられ、その途中からは鱗で覆われた強靭な胴体が月明かりに照らされている。

 異様なまでに発達した巨大な翼が木々の上で広がり、空気を唸らせ、筋肉で膨れ上がった胸郭と、地を揺るがすほどの体躯。


 それが、森を割ってこちらを見ている。


「う……うそだろ……!」

 リューシャたちは車外に立ちすくみ、迫る巨大な影をただ見つめるしかなかった。

 グランが唸るように何か叫んだその時、「竜猿」が再び咆哮した。


 地面が揺れた。

 ジムニーのサスペンションがギシリと音を立て、タイヤの下の土が波打つように動いた。

 背後の森で、数本の木がへし折れる音がした。

 枝も幹も、地響きを伴って崩れ落ちた。

 竜猿は巨大な体を揺らし、重々しく足を踏み出した。

 その一歩一歩がまさしく地鳴りだった。


「来い! 早く乗れ!!」

 田崎は助手席のドアを開け放つと、リューシャたちへと手を伸ばした。

 風が唸る。木々が悲鳴のように軋む。

 グランがまず商人を強引に抱えあげ、必死に後部座席へ押し込んだ。

 すぐさまグラン自身も身体を滑り込ませると、田崎は助手席を素早くスライドさせる。

 リューシャが剣を手に、鋭く息を吐いて飛び乗った。

 慌てて助手席のドアを閉め、運転席にかけ戻る。


 ルーが助手席の下で不安そうに田崎を見上げた。

 いつの間にかダッシュボードの上にオムカがちょこんと座っていた。

 だがその顔には笑いも飄々とした風もなく、恐怖と緊迫を押し殺したような硬さがあった。


「逃げろォォォ!!」

 田崎は全身でアクセルを踏み込んだ。


 ジムニーのエンジンが唸りを上げ、背後の地鳴りを振り切るように飛び出した。


 助手席のドアは完全には閉まらず、半ドアのランプが点滅し、警告音を発した。


 車体が揺れ、後輪が跳ね、枝がルーフにぶつかり、悲鳴のような金属音を立てる。


 森の中の道なき道をヘッドライトの光がぎりぎり先を照らし出し、夜の闇を切り裂いて、ジムニーは突き進んだ。



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