1 ジムニー異世界へ
※本作に登場する主人公の愛車「ジムニー」は、作中の時代設定に合わせ「JB23型(3代目)」をイメージして執筆しています。
※本作はフィクションです。実在の自動車メーカー、車種、団体、事件等とは一切関係ありません。
十二月上旬の山間部は、冬の匂いを漂わせていた。
午後四時を過ぎた空はどんよりと重く、尾根に雪雲が張り付いていた。
天気予報では「今季最初の積雪」と告げていたが、圭一は気にせずアクセルを踏んだ。
このジムニーは、半年前にローンを組んで手に入れた自慢の相棒だ。
ピカピカのボディに、山道を走るたびに心が躍る。
田崎圭一はジムニーのステアリングに両手を添えながら、国道の峠道を走らせていた。
助手席では、ゴールデンレトリバーの「ルー」が鼻先を窓に向け、何かを感じ取るようにひっそりと構えている。
「降る前に帰れるかなあ、ルー?」
独り言に応えるように、ルーが小さく鼻を鳴らした。
田崎は地元の町役場に勤める二十九歳。
この山で育ち県庁所在地の大学を出て、再び故郷の町に戻ってきた。
若者が減る一方の土地で、地域振興などなんでも屋のような仕事を任されている。
実家の裏山には、杉と雑木が入り混じる山を持っている。両親はすでにいない。
母は病気で、父は山崩れの事故で他界した。いまは祖父と二人、静かに暮らしている。
ジムニーは、そんな故郷の山を走るための「自由の象徴」。
父が愛した軽トラを思い出すたび、圭一はこの車に特別な思いを抱いていた。
「こんな山奥に暮らしてるってだけで、雪が積もると町まで下りるのも一苦労だもんな……」
今日は土曜日。山を下り町で一週間分の食料や、ルーのドッグフードなどの買い出しの帰り。ガソリンも満タンにしてきた。狭い荷台には工具箱と灯油缶、もらい物の野菜箱。趣味のキャンプ道具も積み込んでいる。
峠の頂上に差し掛かった時だった。
下りに黒いモヤのようなものが浮かんでいるのが見えた。
「あれ……何だ?」
減速する間もなく、黒い霧が濃さを増しジムニーを飲み込んだ。
光が吸い込まれ、圧迫するような闇が車内を満たす。
「……なに、これ?……うわっ!」
田崎がブレーキを踏んだ瞬間、ジムニーの前輪が斜めに沈み込んだ。
黒い霧が突然晴れた。
見慣れた杉林ではない。見たことのない曲がりくねった木が、ライトに照らされた。
舗装された道はいつの間にか消えて、ジムニーは森の斜面を滑り落ちていく。
「ルー、伏せろ!」
助手席のルーが身をすくめる。
急ブレーキを慌ててかける。ハンドルを切る余裕もないまま、ジムニーのヘッドライトが森と暗闇を切り裂いていく。
その光の中に、不気味な影の群れが浮かび上がった。
何十もの猿のような影。
痩せ細った体に骨ばった腕、異様に光る赤い目、鋭い牙と凶悪な爪。
その姿に絶句する。
心臓が激しく打ち、汗が一気に吹き出た。
「これは夢?何だ、これ?」
そして、
「ッ!!」
ダンッ、と何かがボンネットに当たる鈍い衝撃。
一体が跳ね上がり、赤黒い飛沫がフロントガラスに散った。
「えっ?今、何か轢いた?」
鈍い衝撃が足元から響いた。
さらに左右の闇から赤い目が飛び出し、ジムニーはその群れに突っ込んだ。
ガンッ!ドシュッ!
小さな体がボンネットの上を跳ね、タイヤの下で体が砕ける嫌な感触が伝わる。
一瞬で五、六体が飛ばされた。
それでもジムニーは止まらなかった。
勢いのままに斜面を転がるように進み、さらに数体を跳ね飛ばしようやく下の窪地で停車した。
猿のような生き物たちの群れは、ジムニーの光に照らされ一様に動きを止める。
振り返った猿の顔に、驚愕の色が浮かんでいた。
斜面のあちこちから甲高い叫び声が上がる。
耳障りな悲鳴が、森にこだました。
田崎はシートに身を硬くし、目を凝らした。
買って、まだ半年。ローンもたっぷり残っている。
バンパーの凹みが気になりつつ、フロントガラスの血を見てわれに返る。
「……うわ、やば……」
乾き始めた血がべっとりと付着している。
「これ、帰れるのか……?じいちゃん待ってるのに……」
慌てて洗浄液を噴射し、それをワイパーが無理やり拭う。
視界がぐしゃぐしゃに滲んだ後、やがて一定の視界を確保する。
ライトの先、木立の隙間に倒れた馬車が見えた。
片輪が浮き、幌が崩れている。
小柄な馬が横に倒れ、その傍らには一人の人影が倒れていた。
動かない。
その前に、小柄な戦士が二人、剣を抜いて構えていた。
子どもほどの背丈だが、革の鎧に身を包み、構えに迷いはない。
さらにその奥に、ひときわ目を引く女戦士の姿があった。
彼女は小柄な二人よりも頭ふたつ分ほど背が高く、しなやかな体躯を革鎧に包んでいる。
ジムニーのヘッドライトをまともに受けながら、光の向こうを凝視していた。
眩しさに目を細めてはいたが、その顔には明らかに呆然とした表情が浮かんでいた。
森の奥からは、まだ牙を剥く影が黒い霧の中に蠢いていた。
木々の合間から覗く空は、夕暮れの赤がかすかに残っているが、森の中はすでに闇に沈みかけている。
手はハンドルに貼りついたまま動かない。
夢か現実かも分からず、心臓の鼓動だけがはっきり聞こえる。
猿の群れに囲まれていた。
ルーが小さく喉を鳴らして低く唸る。
「生きて帰れるのか?これは……」
状況はまるで理解できない。
ただひとつ確かなのは、自分が「見知らぬ場所」にいる、ということだけだった。
以前投稿した『異世界/軽四駆//疾風録///ジムニーで異世界脱出』を、このたび大幅に加筆修正して再投稿いたします。
以前のバージョンから、プロットを大幅に見直し、登場人物の心理描写を丁寧に練り直し、物語全体をより引き締まったテンポで読めるようにいたしました。
よろしくお願いいたします。
新たに生まれ変わったジムニーと主人公の過酷な旅路に、どうか最後までお付き合いいただけると幸いです。
投稿予定は活動報告に載せていますのでご確認ください。
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