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瀬能「ただいま帰りました。」
皇「よぉ、遅かったな?」
瀬能「あ、ええ。・・・・・お腹が空きました。瑠思亜、何か、食べさせて下さい。」
皇「着替えて、シャワー、浴びてこいよ。」
瀬能「あ、そうします。あと、お塩。清めのお塩、お願いします。」
皇「今、持ってくるから待ってろ。」
瀬能「ああ、もう、疲れました。お線香あげたら、すぐ帰ってくるつもりだったんですけど、大変なお葬式になってしまいまして。」
皇「大変? だってあれだろ?火葬して、拝んで終わりだろ? 家族がアレだから、行政が執行するとかって。」
瀬能「そうなんです。誰も、故人を尊ぶ人なんて、いないと思っていたんで、私も、すぐ、帰ってくるつもりだったんですよ。それがぁ、大変だったんです。」
皇「なにがそんなに大変だったんだよ。」
瀬能「人が。とにかく、人が多くて。・・・・・・行列でしたよ。」
皇「は? 家族も親類も誰もいない、身寄りのない人じゃなかったのかよ?」
瀬能「ところがぁ、・・・・横綱」
皇「横綱?」
瀬能「石愁峰です。石愁峰がいたんです。」
皇「はぁ?」
瀬能「嘘じゃないです、本物です。私、ビックリしちゃいましたよ、現役の横綱ですよ?」
皇「なんで身寄りのないオッサンに現役力士、しかも、横綱が焼香に来るんだよ?」
瀬能「知らないですよ。でもまぁ、故人とご縁があったから、ご焼香に来たんじゃないんですか?」
皇「お前以上に謎だな、その、オッサン。・・・・・・故人をオッサン呼ばわりするのもなんだけどさ。」
瀬能「まぁ。醪里さん。・・・・決して良い人生では無かったと思いますよ。人生の最後が、自分の子供に殺されちゃうなんて。いくらなんでも、悲しいですよね。」
皇「ま、確かにな。死ぬ時に、その人の、人柄、出るって言うからな。今更、故人に何を言っても、遅いけど、どうにかならなかったもんかねぇ。」
瀬能「ニュース見た時は、ビックリしましたよ。近所のおじさん。おじさんって言うより、お爺さんでしたけど。」
皇「幾つだったんだ?」
瀬能「ななじゅう・・・後半だったと思いましたけど。七十八か、七。それくらいだと思いました。まさか、息子さんに刺されるとは、思わなかったでしょうね。」
皇「疎遠だったんだろ?」
瀬能「ええ。近所で会う時は、そんな話、いっさい聞いた事ありませんでしたから。私と一緒で、行政から目をつけられている孤独老人でしたからね。」
皇「お前は、ただの引き籠もりだ。単身、独居、高齢者。親類付き合いも、友達付き合いもない、高齢者男性っていうのは、役満だからなぁ。変な死に方されたら市も困るから、そういう人間は予め目ぇつけとくんだ。よく民生委員さんが来たりするだろ。」
瀬能「うちにも良く来ます。民生委員さん。お茶とかお弁当とか持って来てくれるんですよ、早く、結婚した方がいいとか、余計な事、言ってくるんですよね。」
皇「・・・・お前の場合はな。生きているか死んでいるかの確認も民生委員さんの仕事だからな。」
瀬能「でも、まさか、自分の子供に殺される、殺人事件になるとは思っていなかったでしょうねぇ。」
皇「どっちにしたって身寄りが無いのは確かなんだから、行政も困るよな。いくら殺されたとはいえ、あとは、警察と自治体の仕事だから。無縁仏にする訳にもいかねぇだろうし。」
瀬能「生きている間は、住民税、納めていたわけですしね。」
皇「弔う本人が、加害者だろ?どうにもならねぇぜ? 奥さんとか、いないのかよ?」
瀬能「いや、聞いた事ないです。だって、息子さんがいたのすら知りませんでしたし。」
皇「近所で、自分の事、べらべら喋る奴なんていねぇか。俺、離婚したんですよぉ~とか、言わないもんな。」
瀬能「・・・・おじさんの私生活に興味ありませんですし。」
皇「で、なんで、横綱がいたんだよ、謎の私生活じゃねぇか。」
瀬能「ところが、ところがなんですよ!」
皇「ところが、なんだよ?」
瀬能「横綱どころの騒ぎじゃぁ、ないんです! もっと、もっと、凄い人が沢山いて! 謎の人脈っていうか、謎なんです。醪里さん。」
皇「・・・・・顔、近いよ。」
瀬能「醪里さんなんて、言っちゃぁ悪いですけど、近所の冴えないおじさんじゃぁないですか。ひとりモンで、夕方、スーパーに行って、見切り品の弁当、買って食べる人ですよ。」
皇「まんま、お前の事じゃねぇか。」
瀬能「横綱の他にも、アメリカで、エミー賞だかグラミー賞だか取った、ドラマの俳優。アカデミー賞だったかな?」
皇「歌なのか俳優なのか、どっちなんだよ。」
瀬能「ほら、あれですよ、千葉ちゃんの弟子の。ジャックの。ほら。・・・・・もっぱら日本の映画より海外の映画ばっかり最近でてる、あの人。」
皇「・・・・ショー・コス」
瀬能「いやちがいますよ、伊佐十郎。伊佐。里見八犬伝の。」
皇「あー見た見た。今、見ると、ちゃんとSFしてるし、しかも、アクションは千葉ちゃん軍団だもなぁ、殺陣もしっかりしてるしな。里見八犬伝が代表作じゃぁないだろ?」
瀬能「日本の俳優の、ハリウッド進出の第一人者ですからね。」
皇「いや、ちょっと待て。伊佐の話じゃねぇよ。醪里さんの話だよ。そんな有名な俳優がなんで、しょぼいおじさんの知り合いなんだよ?」
瀬能「それで私、聞いたんですよ。」
皇「聞いた?」
瀬能「本人に。」
皇「・・・・・・・イタコ、呼んだのか?」
瀬能「そっちの本人じゃないですよ。横綱と伊佐に。」
皇「お前、伊佐とか言っちゃてるけど、」
瀬能「いやもう、雲の上すぎると、敬称つけるほうが、反対におこがましくありませんか? 偉過ぎて固有名詞化してますからね。」
皇「まぁ、そうだな。」
瀬能「それに、仮に召喚が可能だったとしても、おじさんを召喚して何が面白いんですか。費用もかかるし。・・・・マリリン・モンローを召喚した方がまだ有意義ですよ。」
皇「落語のネタじゃねぇか。」
瀬能「生前、大分、お世話になっていたみたいですよ。」
皇「は?」
瀬能「稽古つけてあげたみたいです」
皇「は? は? は?」
瀬能「ですから、石愁峰に稽古つけていたんですって、醪里さん。」
皇「ちょっと待て。ちょっと待てよ、おい。なんで、おじさんが? あの、待て、お前。」
瀬能「待ってますけど。」
皇「タニマチとかならまだ分かるよ。スポンサーなら。ま・・・・・スポンサーだっておかしいからな?稽古つけてた? あの、おじさん、相撲、できるの? いや、待て、相撲ができた所で、横綱相手に、いや、三役・・・・・・・幕内・・・・・・・いや、幕内でもおかしいだろ?いろいろおかしいだろ?」
瀬能「それは知らないですけど、本人が言ってましたから。稽古つけてもらっていたって。それに、伊佐も稽古つけてもらっていたって。」
皇「・・・・・伊佐って相撲やってたっけ?」
瀬能「違いますよ、演技の。芝居の稽古、つけてもらっていたって。」
皇「頭、おかしいのか?」
瀬能「私に聞かれても。」
皇「・・・・醪里さん。芝居、できるのかよ?」
瀬能「出来る、出来ないを聞かれたら、伊佐に、芝居、つけてあげたんだから、出来るんでしょ?」
皇「蜷川じゃねぇんだから」
瀬能「いや、でも、そんな感じだったらしいですよ。」
皇「アホか」
瀬能「いや、本当に。」
皇「ハリウッドの役者に芝居つける、おじさんがどこにいるんだよ!」
瀬能「他にも、漫才コンビ、湘南湖南。アイドルグループのしょうゆパーティー。チェリストの霞静香。ああ、Vtuberの居眠り音子。変わりどこで言うと」
皇「ぜんぶ変わりどこだよ」
瀬能「高校野球で日本一になった由岡商業高校。コミュニティFMのFM菊間。・・・・・カブトムシ相撲と、陸上短距離エースの筧茂。」
皇「節操ねぇな。」
瀬能「他にも、たくさん、いましたよ。私が知らないだけで、台風の目的な、局地で超有名な、無名な有名人がいたのかも知れません。」
皇「・・・・・あんまりレア過ぎると、一般人は知らないものって意外に多いからな。」
瀬能「そうなんです。そう、そう。たまたまテレビで見ている人は知ってましたけど、それ以外の人は、私が知らないだけで、その分野では世界的な有名人な可能性、ありますからね。」
皇「・・・・・その、世界的な有名人と、近所のおじさん。・・・・・ナニモンなんだ?反対に興味が湧いてくるぞ?」
瀬能「ハルカクリスティーンのオーナーが言ってたんですけど」
皇「ハルカ・・・・・?G1の?三連覇の?」
瀬能「ええ。」
皇「ハルカクリスティーンって言ったら、マジもんの競馬馬じゃねぇか。血筋も厩舎も超一流だぞ? おかしいだろ? おかしいって言ったら、全部おかしいけど。」
瀬能「ハルカクリスティーンって、血統がいいから、デビューしたらすぐ勝てる、オーナーにとったら、固い馬だと思っていたそうなんです。ところが、蓋を開けてみたら、貧相で弱くて、そもそも、気弱な性格で、まるで使い物にならなかったんだそうです。高い買い物だったから、ハズレを引いた時は相当、落ち込んだって言ってましたよ。」
皇「馬は、すべてがギャンブルだからな。種つけの時から、ギャンブルだ。種つけしたって、子馬が生まれる保証もないしな。生まれた所で、強いサラブレッドになる可能性が百パーセント、あるわけじゃねぇ。全部がギャンブルなんだよ。」
瀬能「でも、今の競馬は、血統が二番。騎手が一番じゃないですか。」
皇「・・・・・・。ま、データだとそうなるよな。」
瀬能「父親と母親の種が優秀なら、生まれてくる子は優秀。・・・・・あれですよね、今の競馬って、だいたいサブちゃんとこの馬の子達だけでレースしてますもんね。」
皇「サブちゃんの血じゃなくて、サブちゃんがオーナーやってる馬の血筋な。勘違いするだろ?重賞、サブちゃんとこの馬、強かったからな。」
瀬能「ハルカクリスティーンはまれにみるダメな馬で、このまま走らせて怪我でもして、処分されちゃぁ可哀そうだと思っていたところ、醪里さんが現れたそうです。北海道に。」
皇「・・・・なにしてんだ、あの、おじさんは」
瀬能「ハルカクリスティーンを見るなり、トレーナーに、”この子は怖がっている。皆を傷つけてしまう、自分に”と言ったそうです。」
皇「・・・・ん?」
瀬能「今でもその言葉を忘れないとトレーナーの人は言っていました。」
皇「だから何を言ってんだよ?」
瀬能「醪里さんがこの馬に乗らせてくれてって言ってきたそうなんですよ。もう半分、廃棄処分を覚悟していた馬だったから、乗せてあげたそうです。」
皇「部外者が乗ったらアウトだろ?法的にアウトだろ?」
瀬能「逆ですよ、逆。競馬関係者が勝ち馬投票券を買えないのであって、関係ない人が、馬に乗るのは、その適用外です。」
皇「・・・・そうなのか?」
瀬能「醪里さん。ハルカクリスティーンを走らせたんだそうです。鞍もなしに。」
皇「古代ヒッタイト人か!」
瀬能「人馬一体とはこういう事かと、トレーナーの人は、改めて、その華麗さと躍動感に涙したと言っていました。その時から、ハルカクリスティーンの走りが変わったそうです。まさに皇帝。走る狂気。馬の中にあった、野生を醪里さんが引き出した、と言われています。」
皇「絶対嘘だろ?」
瀬能「何か月かに一回、北海道の厩舎に現れては、ハルカクリスティーンの背中に乗って、感触を確かめては、帰って行く。その度に、走りの鋭さが増すと言っていました。真のブリーダー。ハルカクリスティーンを世に出したのは、まぎれもなく、醪里さんだと。
しかも、何の対価も求めてこなかったそうです。」
皇「そうだろうなぁ。タダで馬に乗れたんだから。普通、逆にお金、払うほうだからな。」
瀬能「トレーナーさんとオーナーさんが言っていましたが、醪里さんは、成長を見届けるのが好きなんじゃないかって。馬でも人でも、その人の隠れた価値を見抜き、磨き、育てて、世に出す。それが世間に評価されるのが好きな人なんじゃないかって。・・・・そう言ってました。」
皇「・・・・・ただのミーハーおじさんだって。馬好きの。おかしいだろ?やっぱり法的にアウトだよ。そんなおじさん。」
瀬能「居眠り音子は、魑魅魍魎のネット戦国時代、粗製濫造されたVtuberの一人でしたけど」
皇「その通りだけど、酷い言い方すんなよ。」
瀬能「動画の世界じゃぁ、右むいても左むいてもVtuberじゃないですか、顔だしてやっているクリエイターより数が多い可能性だってある。その中のコピペ同然の、絵に描いた、絵ですよ。な~んの特徴もない。絵が面白くないなら、トークが面白いのかと言えば、それも、つまらない。」
皇「お前、本当、酷い事いうな。」
瀬能「実際、そうだったじゃないですか。生配信していても、電気代の無駄ともまで言われた、居眠り音子がですよ、そこに、深夜三時に突如あらわれた醪里さん。」
皇「誰も見てねぇのに、深夜三時まで配信しているのかよ? 醪里さんも三時になにやってんだよ?寝ろよ?」
瀬能「はぁ~。瑠思亜。我々みたいな行政に目ぇつけられている人間のピークタイムは、むしろ、深夜なんですよ?」
皇「知らねぇよ! 寝ろよ! 寝ねぇから昼間、寝てるんだろ? 真っ当に昼間、仕事、しろよ!」
瀬能「はぁ?」
皇「は、じゃねょ、バカ!」
瀬能「私の事より居眠り音子ですよ。音子。その居眠り音子に向かって”何の特徴もない、何の捻りもない、表面積だけ広いごちゃごちゃしたキャラクターだけど”」
皇「醪里さんも辛辣な事、言ってるじゃねぇか。」
瀬能「”君の良さは、我々と同じ、一般庶民の感覚を持っているところだ。我々が見たいのは、海外のセレブの、浮世離れした生活を見たいんじゃない。自動販売機の釣銭口に、入っていないと分かっていながらも手を突っ込む、そういう、感覚を見たいんだ。”って。」
皇「・・・・・セコい話だなぁ。」
瀬能「居眠り音子はハっとしたそうです。無理をしていた自分に。自分がどう足掻いても、海外セレブの生活を真似出来るわけじゃない。だったら、賞味期限が切れた納豆を食べる生活を、そのまま、素の自分を見せた方が、共感を得られるんじゃないかって。」
皇「得られねぇよ。食えよ、賞味期限が過ぎるまえに。」
瀬能「醪里さんしかいなかった、たった一人相手にの生配信だったのが、あれよあれよと、千人万人単位で、視聴者が付くようになったんです。異常ですよね。」
皇「ああ。・・・・醪里さんがな。」
瀬能「バズったキッカケは、イチゴショートを食べようと思ったらカビていて、」
皇「だから食えよ。カビる前に」
瀬能「カビている部分だけを取って、残りを食べた。っていう配信で。多くの感覚だと、捨てちゃうじゃないですか、カビているケーキなんて。でも勿体ないからカビている所だけ捨てて、三分の二以上捨てて、」
皇「カビの方が本体じゃねぇか」
瀬能「残ったケーキを食べた、それが、刺さる人には刺さって、居眠り音子。インフルエンサーへの仲間入りだそうです。」
皇「まぁ。腹、壊すか、見てみたい気持ちは無いわけでは無いが。そんな奴。」
瀬能「居眠り音子のファンの間では、有名だったそうですよ。無課金で。」
皇「・・・・口だすけど、金、出さないのか。」
瀬能「育成ですから。育成がしたいだけなので、基本、課金は違うじゃないですか。」
皇「馬の時もそうだけど。育てるってそういう意味なのか?」
瀬能「アイドルのしょうゆパーティーは、劇場に、足しげく通っていたそうです。」
皇「そういう金は出すんだな」
瀬能「当然じゃないですか。劇場に入るにはお金、かかるじゃないですか。テレビに出ている訳でもないし、芸能界の端っこですよ。端っこも端っこ。アイドルだって、今や、戦国時代。」
皇「戦国時代ばっかりじゃねぇか。物騒な時代なぁ、おい。」
瀬能「群雄割拠ですよ、特に、アイドルは。生き馬の目を抜くっていうのは、現代のアイドルの事を指します。有名プロダクションが手掛けるアイドルが売れる時代じゃありません。有名プロデューサーが仕掛けたから売れる時代でもありません。テレビに出られるアイドルなんて、わずかです。現に、ミリオンヒットを連発していて、アイドルでは成功していても、テレビに呼ばれるなんか事はまずあり得ません。しかも歌番組がほぼほぼ壊滅状態なんですよ。それで、世間に宣伝する方がおかしいんです。」
皇「昔は、毎日、どこかのテレビ局で歌番組、あったからなぁ。逆に昔は、安いギャラのアイドルを使った方が、番組の制作費、安く、抑えられたからなぁ。」
瀬能「1ッチャンネルの悪口はそこまでにして下さい!」
皇「誰も1ッチャンネル限定の話をしてねぇよ。」
瀬能「むしろ1チャンネルはギャラが安いから、そこで、顔を売って、他に売り込む、宣伝的な意味があったんです。1チャンネルに貢献すると、紅白に呼ばれるって噂も業界内に流れた程ですからねぇ。」
皇「のど自慢の出演回数が多い奴と、ニッポンの歌に出てた奴は、だいたい紅白に出てるけどな。」
瀬能「・・・・水樹奈々がのど自慢に出た時は、あ、紅白、決まったんだなぁって思いましたもん。」
皇「山本ジョージとかさぁ、水森かおりなんかが多いのに、世間様じゃぁ誰も知らない若い女。ま、若くはないんだけどな、年齢的に。でも、他の歌謡曲のベテランに比べたら年齢、半分だし。知らない女が、アイドルみたいな格好して、のど自慢、出てからな。」
瀬能「1ッチャンネルの話はどうでもいいんですよ。その、しょうゆパーティーです。無名の半地下アイドルが、テレビ、ラジオ、コマーシャル、今や見ない日がない、かわいい女の子のアイコンじゃないですか。それを支えていたのが醪里さんです。」
皇「アイドル好きのおっさんじゃねぇか。」
瀬能「違いますよ。客が一人しかない劇場で、熱心に応援していた、という逸話を持っています。」
皇「客よりメンバーの方が多いじゃねぇか」
瀬能「あ、そうなんです。七人のメンバーが、全員、一人の客を、客いじりしたと、伝説になっています。」
皇「それまかり間違ったら犯罪だぞ? 七人の女が、おっさんをいじって。」
瀬能「反対にご褒美っていう話もありますが、醪里さんは、ステージに上がって、歌とダンスを指導したそうです。」
皇「はい、アウトです。逮捕です。」
瀬能「え?」
皇「え?じゃねぇよ。踊り子さんに手ぇ出したり、ステージに上がったら、一発アウト。即退場。逮捕されなくても、出禁だよ?一生出禁だよ?」
瀬能「いやなんか、やる気がないっていうか、意欲がない、その子達に、」
皇「そりゃぁ、客が一人じゃぁ、やる気、出る訳ねぇだろ?運営側に問題だるだろ? ・・・・その前に、客をステージに上げる運営側に問題あるだろ?」
瀬能「”君達は決して優れた容姿をしている訳じゃない”」
皇「お前、ふざけんな! アイドルに向かって、年ごろの女の子、捕まえて、容姿がって話、すんなよ? なんだこの、おっさんは?」
瀬能「”アイドルの本質は、スキだ。”」
皇「スキとは?」
瀬能「えぇえ、古来よりアイドルというものは、手が届きそう・・・という、僕たち私たちの延長線上の存在。リアルな存在だと説いています、醪里さんは。思い出して下さい、スター誕生。」
皇「知らねぇよ。見たことねぇよ。流れるように言うの、やめろ」
瀬能「アイドル最大黄金期、聖子ちゃん、明菜ちゃん、キャンディーズ。」
皇「全部、古いよ。全部、昭和だよ。昭和も初期だよ。」
瀬能「・・・まぁ、あれですよね。ベビーブームで人がゴミほどいた時代の」
皇「お前も言い方、なんとかしろよ。団塊の世代とか、言い方、あるだろ?」
瀬能「アイドルって、本当は、事務所が天塩をかけて、発掘から排出まで、物凄いお金をかけて行っているプロジェクトじゃないですか。会社の寮に住まわせて、ボイストレーニング、ダンスレッスン、衣食住、すべてを会社が投資して行っています。おまけに、それにぶら下がる、レコード会社、プロモーター、いわゆる宣伝会社、広告代理店。雑誌に新聞、紙媒体から放送局まで、もう、何億ってお金が動くんですよ。たった一人のアイドルに、何千人って人間が関わっているんですよ。なのに。なのに、テレビで見るそのおぼつかないアイドルは、もしかしたら、町にいて、声をかければ、握手してもらえるかも知れない、っていう、」
皇「罠だよな。そういう演出。素人くさい演出が、受けたんだ。騙されるんだ。そして、金を落とすんだ。いつの時代も。」
瀬能「上手な戦略ですよね。本当に、アイドルに声をかえたら、後ろから、事務所。あ、芸能事務所ですよ。事務所の人間がでてきてボッコボコにされた、なんて話、聞きますもん。」
皇「・・・・・聞く、かぁ?」
瀬能「だからスキ。隙なんです。うまぁ~く、隙を見せる事が、アイドルの勝利の法則だと。それで、わざと、間違えた振付の練習をさせられた、と彼女達は言ってました。」
皇「なにさせてんの、あのおっさんは?」
瀬能「みんな同じ所を間違えると、わざとらしいので、ローテーションを組んで、間違える振付を覚えさせられた、と。」
皇「それって、普通に、振付じゃん。個人パートの振付じゃん。」
瀬能「そう言っちゃぁ、終わりなんですけど、わざとキーを外させたり、客がいない事を良い事に、毎回、ステージで、そういう特訓をしたそうです。それが功を奏したのか、もう日本中の人間が、がんばれぇ!がんばれぇ!って応援するようになりました。がんばれぇって、アイドルの応援として、最高峰のエールだと思いませんか?」
皇「いや、分からねぇ。」
瀬能「絶対に見えない、パンチラ角度の、特訓とかもしたそうです。あれらしいですよ、物理学で、ギリギリ、見えない、見えそうで見えない角度があるそうで、それを仕込まれた、と。」
皇「女の子にパンチラの訓練させたのか? もう有罪です。」
瀬能「三角関数の公式が役に立つんですね。」
皇「・・・・ギリギリのパンツを見せない為の、数学じゃねぇんだよ。そんな攻防いらねぇんだよ。」
瀬能「お笑い賞レースで、グランプリをとった湘南湖南には、自らネタを書き、それをやらせたそうです。」
皇「放送作家なの? 醪里さんは?」
瀬能「湘南湖南はダウンタウン病を発症させていまして、自分達が一番面白く、小声でボソっていうボケが、センスあって、それで、ツボに入って笑わせるという、一番、痛い病気を患っていました。」
皇「・・・・お笑いやっている人間は、誰でも、一度は患う病気なんだよ、ダウンタウン病は。」
瀬能「そんなセンスないのに、ボソって言うんですよね。痛い以外の何もないですよ。」
皇「お前、容赦ないな。」
瀬能「湘南湖南が客いじりを始めたのは、醪里さんのネタからだそうです。」
皇「客いじりは、一番やっちゃ駄目な奴って、てんぷくトリオが言ってただろ?昭和の、名が残っている漫才師は、ツービート以外は誰もやらなかったんだ。ま、あと、紳助とヤスシキヨシもいじっていなくもなかったが。客いじりっていうのはなぁ、ダウンタウン病より、センスを求められるんだ。一瞬で、受けるか、滑るか、決まっちまう高度な芸なんだ。だから、下手な奴がやると滑り倒すどころか、客の反感を買うだけ。それに、自分達の話芸に自信がないから客をいじって、笑いをごまかそうとする。そんな奴が、笑いを取れるか?取れやしれねぇ。」
瀬能「・・・・・いやぁ。笑いにうるさい人がこんな所にいるとは思いませんでした。」
皇「話芸をなめるなよ。最近、漫才を、コントと誤解している下等な、芸人崩れがいるが、あんなのは芸人じゃない。話芸でもない。笑いっていうのは、戒律なんだよ。」
瀬能「・・・・・・、瑠思亜も相当、やべぇと思いますけど」
皇「笑いと、映画や舞台、なにが違うと思う? いいか? そこが分からなきゃ笑いを語るな。他人が感動しているから自分も感動する、そういう物じゃねぇんだ、笑いっていうのは。笑いだけは、他の芸術、エンタメと違って、自らに内包している負の感情に起因している。要するに、嘲笑、愚劣、蔑み、負の感情だ。表に出せない負の感情を、漫才の中で、くすぐられて、飲み込んでいた物が込み上げてくる。それが笑い。自分を戒めれば戒めるほど、高い、笑いを産む。それを惹起させられるかどうかが、芸人の腕にかかっているんだ。
笑われるんじゃない。笑わすんだ。それが芸人だ。」
瀬能「・・・・どうも、ご高説、ありがとうございます。」
皇「うるせぇよ、客いじりなんて、三流芸人がすることなんだよ、そのなんたるかも知らずに。いじり方も知らねぇくせに。」
瀬能「瑠思亜は客いじり肯定派なのか、否定派なのか、分かりません。」
皇「出来ねぇ奴がするんじゃねぇって言ってるんだ。その、なんだっけ?」
瀬能「湘南湖南です。」
皇「そいつら、出来るのかよ?」
瀬能「まぁ~、そうっすねぇ。・・・・駄目なんじゃないんですか?面白くも何ともないですから。」
皇「駄目なんじゃねぇか。・・・・駄目なのに何で人気が出るんだよ?面白いのかよ?」
瀬能「正直言って、ネタは面白くないんですけど、彼らは、空気を掴むのが天才的なんです。客いじりもその一つで。・・・・それがですねぇ、漫才コンクールで優勝したのも、空気だけ。」
皇「空気? 雰囲気か?」
瀬能「ええ。場を制するって言うんですかね。湘南湖南が、出る前と、後だと、まるで板の空気が違うというか」
皇「板とか言うな、芸人でもないお前が!」
瀬能「あ、すみません。調子のりました。それがですねぇ、面白くもないのに、空気を変えちゃうんですよ。だから、審査員も、客も、騙されちゃうと言うか。そんな感じで。」
皇「実際、舞台に上がっただけで、笑いが漏れる、そんな芸人もいたのは確かだ。存在自体がもう、笑いなんだ。いるだけで、何か、やってくれるっていう期待。期待値のみ。・・・・・まぁ、あれだよ、談志だよ。談志は、舞台に上がった瞬間、もう、場を制しちまうんだ。」
瀬能「談志師匠まで、そんな、天才と比べては湘南湖南が可哀そうですけど、そういう雰囲気を持っていますね。・・・・喋らないんですよ、漫才なのに。醪里さんの書いたネタって。」
皇「は? 談志じゃねぇか!」
瀬能「もう、空気だけで笑わすんです。斬新過ぎますよね。」
皇「バカ! 古典過ぎるんだよ!反対に。 講談と歌舞伎の間だ。いわゆる江戸後期の大衆芸能の局地だ。今でいう顔芸だけで小一時間、持たせたと言う。」
瀬能「そんな馬鹿な!」
皇「お前、談志後期を見てみろ。喋る筋力がねぇのに、間だけで、笑わせるんだ。神の領域だ。」
瀬能「それは流石に言い過ぎじゃぁ。」
皇「・・・・談志と比べたら、その漫才師が可哀そうだけど、そういうのを目指しているなら、そいつらは、残る。時代が変わっても、分かる奴は分かるからな。」
瀬能「あと、美人のチェロリストで有名な」
皇「チェリストな」
瀬能「美人で、チェロ、演奏しているんだから、お茶の間のエロテロリスト、チェロリストですよ。」
皇「うるさいよ」
瀬能「聞いたんですけど、スウェーデンで、霞静香に、チェロを手ほどきしたそうです。」
皇「馬鹿だろ?」
瀬能「えぇぇっぇえ? だって霞静香本人が言ってましたよ。ダーラナで会ったって。」
皇「暇人なのか?」
瀬能「暇人なのは確かですけど。霞静香は、町中で、チェロを弾く、醪里さんを見て、まかり間違ってたら惚れてたって言ってました。」
皇「頭、おかしいだろ、エロテロリスト?」
瀬能「”技術じゃない、背中で弾くんだ”って、のたまわったそうですけど。」
皇「なんなんだよ、それ。それっぽい事、言いやがって。」
瀬能「醪里さんの演奏は、決して上手ではなかったそうですが、その、背中。哀愁の背中を見て、ああ、私に足りないのはこれだって感じたそうです。それから、衣装の背中がパックリ開いた、ケツが見えそうな、ドレスで演奏をはじめたそうです。」
皇「エロテロリストだもんな。美人の背中、ケツが見えるまで開いた背中見たら、どこの、おじさんも、やられるだろ?」
瀬能「やられてますよ、世界中のおじさんが。東洋系の美人で、エキゾチック。その背中。もう、チェロの演奏どころじゃないですよね。」
皇「霞静香、何、やってんだよ」
瀬能「あと、」
皇「あと?」
瀬能「いや、たくさん、いるんですよ、醪里さんに救われた人達が。」
皇「救われたのか? 余計なお世話をしてただけじゃねぇのか?」
瀬能「由岡商業高校の話は凄いですよ。近年、公立高校で、夏の高校野球大会で、優勝した、稀有な高校です。」
皇「そうだな。私立の方が、予算も資金もふんだんにあるから、設備もコーチングも、揃ってる。公立高校の野球部なんざ、今や、同好会だよ。本気で野球やりたかったら、私立の強豪校に行くしかない。」
瀬能「強豪校も最近は、部内のパワハラ、セクハラ、モラハラ。ハラハラですよ。」
皇「学校関係者はハラハラだろうよ。」
瀬能「部内の問題。問題って言っても、暴行だったりするから、基本、傷害事件なんですけどね。それを頑なに部内のイジメで済ませている高校側も、高校野球の連盟本部も、悪質ですけどね。」
皇「高校野球は伏魔殿なんだよ。相撲と一緒。伝統っていうのを言い訳にして、新しい取り組みを良しとしないんだ。・・・・たぶん、あれ、若い男が好きなだけなんだよ。要するに、ホモなんだ。」
瀬能「おお! 斬りますね、瑠思亜さん。」
皇「当然だろ? 男で、若い男が、野球しているのを見ているのが好きって、好色家しか、いないだろ? 野球大好きおじさんが支配する世界だから、もう、高校野球は未来永劫変わらないんだよ。もうずっと、男の子が、野球するの。もう、それだけ。」
瀬能「そのくせ、ピッチャーの等級制限とか、そういうのは取り入れますよね。」
皇「当然だろ?野球が好きなんだから。野球の事だけは、先進的な事は取り入れるよ。野球が好きなんだから。でも、女子供をどうにかするかって言ったら、絶対、しない。高校野球は男の子にさせるものだからな。偉い人間が、野球好きのホモだから変わらないんだ。」
瀬能「高校野球の連盟に対して、別のリーグを立ち上げようって話もありますけど、なかなか、盛り上がらないですよね。男子女子混合とか、そういう、流れの奴。」
皇「あの連盟。それに春と夏の大会。あれ、スポンサーが強いからな。そりゃそうだろ?野球好きの奴が開催しているんだから。なかなかないぜ?甲子園球場、貸し切って、高校生に野球させるんだぜ? 最高のオナニーだろ?」
瀬能「私、そういう趣味が理解できないので、それは分かりませんが、でも、高校側も、その春と夏の野球大会が、部活の公式戦としているのも、おかしいと思うんですよね。確かに、大規模な大会であるのは認めますが。」
皇「だったらさぁ、女子野球部の出場も認めるべきだし。伝統、伝統って、なんだよ、馬鹿なのかよ?」
瀬能「イチローさんがもっと、高校野球の連盟に対して、アンチテーゼとして、働いて欲しいですよね。」
皇「本当の野球好きなら、男も女も、関係ないハズだけどな。どうするんだろうな、助っ人外国人。高校野球で、九人、全員、外国人留学生の高校が出てきたら、それで、優勝されちゃったら、どうするんだろうな?」
瀬能「そんなの決まっているじゃないですか、翌年から、規定を改正するんですよ。外人禁止。外人排斥ですよ。」
皇「おじさん達の聖域を犯す奴は排斥されるんだよ。」
瀬能「そうですねぇ。・・・・それで、筧茂なんですが」
皇「??? 誰だよ?」
瀬能「陸上短距離界のエースじゃないですか。織田裕二もキターッ!って言ってるじゃないですか。」
皇「知らねぇよ。」
瀬能「みんな。あそこに居た人は、衝撃を受けたはずなんです。あの、人の人生に、勝手に入り込んで来た、無害であり有害なおじさん。醪里さんが殺されたニュースに。」
皇「二日、三日、あそこの道路、封鎖されてたもんな。犯人、っていうか、息子。すぐ逮捕されたもんな。」
瀬能「ええ。自分の息子に殺されるとは、醪里さんも思わなかったでしょう。さっきも話しましたけど、普段、スーパーなんかで会う時は、家族の話なんか、微塵もしてくれなかったですからね。」
皇「お前だってしねぇだろ。どっこいどっこいだよ。」
瀬能「それは、そうですけど。お互い様ですけど。でも、殺されるくらい恨まれているなんて、思わないじゃないですか。」
皇「恨まれてたのか?」
瀬能「殺人ですよ? 怨恨に決まっているじゃないですか。趣味で、自分の父親、殺さないですよ。」
皇「それ、言っちゃぁ、そうだけどさ。」
瀬能「あれだけ、人の仕事とか、人生に、口、挟むような人ですよ。どうせ息子さんにも、やんややんや言ったんじゃないんでしょうか?」
皇「色んな人にちょっかい出しているのは確かだけどな。でもよ、口を出された人、みんな、成功しているわけだろ?」
瀬能「確かに・・・・・そうですね。アイドルさんも、横綱も。漫才師も。高校野球部も。馬も。カブトムシも。そうですね。」
皇「自分じゃぁ、質素な生活していて、友達もいそうになくて、家族もいない、独り身で。・・・・・何が醪里さんをそうさせたのかなぁ。やっぱり寂しかったのかなぁ。」
瀬能「自分の寂しさを他人にぶつけて、それで、紛らわせていたんですか?」
皇「そうとしか考えられないだろ? 口出すのが、好きなんだから。でも、器用だよな? 全部、出来たんだろ?歌もダンスも相撲も水泳も野球もチェロもバイオリンも漫才もネタ書きも。馬にも乗れるし、カブトムシも強く出来る。」
瀬能「寂しさじゃないと思います。自分で、何者でもなかった者が、強くなる、そういうのが、単純に好きだった。むしろ、それに悦を感じていたんじゃないでしょうか?・・・・俺が、こいつらを有名にした、っていう。」
皇「ああ。・・・・ああ、なんとなく、それは分からないでもない。」
瀬能「全部が全部、成功している訳じゃないと思いますし。成功の影には、より多くの失敗があるはずで、損切りもしていたと思いますよ。出世しない奴は、損切りする。それくらいクールじゃないと、優秀なブリーダーとは言えません。」
皇「・・・・・・ブリーダーか。優秀じゃ無かったら、切られちゃうのか?だったら・・・・・・」
瀬能「・・・・・醪里さんは、一番、身近なものを損切りしたんですよ。他人から見たら独居老人かも知れませんが、それは、損切りした結果であって。」
皇「だったら恨まれる理由も、出てくるわな。」
瀬能「まさか切って捨てた失敗作に、命を取られるとは思っていなかったでしょう、ねぇ。」
※全編会話劇