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好きであることを悟らせようとしたら恋が終わってしまったのですが!?

作者: 神経水弱


「あのさ、くっきー」


「ん?」


「くっきーの生年月日っていつだっけ?」


「あれ、前に言わなかったっけ?五月四日だけど…でもなんで今更誕生日なんか?」


「それはね…じゃーん!これ!」


 高校の最寄り駅までの帰り道。私は待っていましたと言わんばかりに、彼の歩みを止めて、スマホを隣にいる彼の眼前に突きつけた。


「うんめい……すう?」


 スマホに表示されたサイトのタイトルを読み上げると訝しみながら首を傾げ、再び歩き出す彼。その横顔がなんとも言えないくらい愛しい。

 彼は九鬼くき晴翔はるとくん。私と同じ櫻井高校二年一組のクラスメイトであだ名はくっきー。そして私、有詐味あざみ司紗つかさは、そんな彼に片想い中で、今、何度目かわからないアプローチを仕掛けている真っ只中である。


 これまで間接キス、恋バナ、突然の距離詰めと、とにかくあらゆる手段でアプローチを仕掛けて、彼に想いを伝えようとしてきたけれど、彼はいつも笑って、あるいはポーカーフェイスでひらりと受け流す。

 

 まるで、『僕たちは、友達のままでいいよね?』と、優しく拒絶してくるみたいに。


 それでも私が懲りずに今日も彼にアプローチを仕掛けるのは、実は彼、私に対してなんでもないようなフリをしているだけで、本当は意識してくれているということを知っているからだ。


 その証拠もしっかりおさえている。現に、スマホの中には裏取引で手に入れた例の音声ファイルがあり、私に対する告白とも取れる彼の音声が録音されている。


『んー、まぁもし付き合えるなら、有詐味さんがいいなぁ。…えっ?、そりゃあもちろん…好きだよ?』


 こんな具合に私の前ではポーカーフェイスの彼も男友達の前ではちゃっかり惚気のろけちゃったりしている。そういうとこがますます可愛い。好き。


 だからこそ今日は絶対くっきーに、はっきりと私の好意を悟らせるのだ。そして進展させる。昨日のテレビでやってた『運命数診断』を使って。


 そのための準備は毎度ながら万全である。


 実はくっきーの生年月日はもちろんのこと、運命数も把握済みである。

 

 私との相性もばっちりで、それが明記されているサイトもブックマーク済み。

 

 あとはそのサイトを彼の眼前に突き出して、昨日から熟成させてあるトドメの一言を囁けば完璧。


 今日こそあのポーカーフェイスを剥がして、この歯痒い関係に終止符を打ってやる。


「運命数ってのは、その人の運命を決めるナンバー的な?とりあえず、この運命数って言うのが結構当たるって最近評判らしいんだよ!聞いたことない?」


「ないない!初めて聞いたよ!」


 聞いたことがないなら……いける!


「私も昨日テレビで初めて知ったんだよねー。今ふと思い出したからくっきーのも調べてみようと思ってさ」


「あ、それで生年月日がいるのね」


「そうそう。あとは運命数を調べてくれるサイトに生年月日を打ち込んで…」


 と彼にスマホの背面を向け、指を忙しく動かして、サイトに彼の生年月日を入力してるかのように思わせてブックマークを開く。


「おっ!出た出た……って……えぇぇ!?」


 演技力は申し分ないはず。我ながら、結構自然な驚き方だと思う。


「おっ、なになに?もったいぶらずに教えてよ」


「私とくっきー相性めちゃくちゃいいんだって!!ほらっ!」


 勢いよく予めブックマークしておいた占いサイトのページをくっきーの眼前に突き出す。

 

 ふふ、書いてあることは全部知ってる。暗記済み。私とくっきーの相性をベタ褒めしてくれる最高の文だけが並んでいることを。


 そんなことなんてわかるはずのない純真無垢な表情でまじまじとサイトのページを読み進めるくっきーに頬が思わず緩んでしまう。


 いかんいかんとちょうど緩んだ口角を引き締め直したところでくっきーが笑顔で顔を上げた。


「へぇー、結構いいほうじゃん」


「結構などころか最高に相性いいよ!だってほら、『お互いのことを理解し合えば、どこまでも愛しあえるでしょう』…って!」


「え?……愛し合う?」


 そこ読んでないんかーい!一番大事なところなのにー!


「そう!それくらい相性がいいんだって私たち」


「そ、そっか…」


 そう小さく呟くとくっきーの目がふいに泳ぎ出す。頬なんてうっすら赤くして、これは確実に上手くいっている証拠ではないでしょうか!?


 というか、照れたくっきーが尊い。可愛い。ほんと、好き。あぁ、だめ。ずっと眺めていたい。

 

 彼が目を逸らそうとした瞬間、私はさっと身を寄せて、その視界に映り込み、視線をつかまえたまま、昨晩から熟成させておいたトドメの一言を、ゆっくりと囁くように繰り出す。


「私…確かにくっきーのこと、もっと理解したいかも」


「有詐味さん…」


「だって、私達今でも十分仲良いじゃん?これでもっとくっきーのこと、理解したらどこまでいけるのかなーって」


「それは…」


 それは?


「し、親友!そう、親友…でしょ」


 は?……はあぁぁぁぁぁ!?


 「私たち今でも十分仲良い」って言ったよね!?で、くっきーも肯定してくれたよね!?それって、もう現時点で親友って認めてるってことじゃん!!


 じゃあさ、じゃあさ、それ以上って何!? 『親友』って言われたら、もうそこで止まっちゃうじゃん!!その上、登れないじゃん!!


 親友枠は既にいるから、くっきーとはその上!恋人になりたいの!!いい加減気づいてよ!!


 そんな具合に、心の中で盛大にツッコむが、もちろん顔には出さない。ポーカーフェイス同士の静かな攻防だ。でも、正直呆れて私の方は表情が崩れそうで、ため息の一つでも漏れてしまいそうだ。とりあえずこのため息は心の中で留めておくとしよう。


 はぁ……


「え、俺なんか間違えたこと言った?」


 完全に漏れていた。


「いや!間違ってないよ!…し、親友、親友ね!うん、ぜひ目指したいなぁ親友!くっきー、私とぜひとも親友になってよー」


「あぁ、よかった。てか当たり前じゃん。俺、ずーっとこうやって有詐味さんと一緒に居たい」


「あははは。そう言ってもらえて嬉しいよ」


 なーんかまたしてやられた感がある。悔しい。なんでわかってくれないの!


 そんな気持ちからふと出た言葉だった。


「あー、でもさ、もし私に恋人ができたら?」


「え……有詐味さん、好きな人…いんの?」


 不意に口にした悪戯な言葉に、くっきーは目を見開き、口を半分ぽかんと開けて驚きのあまりにフリーズしてしまった。

 

「いやぁ…えーっと……」


 想定外の事態に脳内で警鐘が鳴り響く。


 やばいやばいやばいっ!


 好きな人…好きな人…


 あー!なに言ってんだ私!


 そもそも私が好きなのはくっきーだけだよ!

 

 それでも私の口から『好き!くっきーのこと大好き!死ぬほど大好き!』なんて本音、口が裂けても言いたくないのに!


 ないのに……そんな顔されたらさ……


 いや、待てよ。


 これを逆手に取って、匂わせ的な感じで『いる』って言ったら、くっきーはどんなリアクションをするのだろう?どんな台詞を吐くのだろう?


 そもそもくっきーも私のことが好きなのは確かなんだし、もしかしたら私がずっと聞きたかった台詞が彼の口から飛び出すかもしれない。


 それに別に嘘じゃないもん。騙してるわけじゃないもん。


 正当な理由なはずなのに、どこか後ろめたさを感じながら、それでも『友達』関係から進展することを期待して私は口にすることにした。


「い……いるよ」


 くーーっ、頭ではわかってたけど実際に口に出すと恥ずかしくて、顔面が沸騰するくらい熱くなってきた。もう十二月に入るってのに、なんか汗かいてきた。


「そう…か。いるんだ」


 え……何その目。視線なんか下げて、表情も落ち込んだみたいに。


 まさか、妬いてる?くっきー、妬いてるの?


 思わず頬が緩んでしまう。


 それでも喜ぶのはまだ気は早いような気がして、もう一押ししてみることにした。


「うん。いるよ…」


「そっかぁ。いるんだ。なんか…寂しいな」


「え?」


「あ!いや、唐突だったから…って俺何言ってんだろ。あははは」


 くっきーの苦笑いは表情に影をおとしたようにみえた。


 その瞬間、私の中に生まれていた束の間の喜びと自信と余裕が、静かに確実に溶けていった。


 まるで失態を演じたような。でもそう気づいた時には既に後の祭りだった。


「じゃあ…あれだ。もうこうやって一緒には帰らない方がいいかもね」

 

「えっ?…いやいや、ちょっと待ってよ。付き合えるかどうかもわかんないし、たぶん私が好きってこと気づいてないから」


「今相手が気づいてなかろうと、いずれ告白するんだろ?」


「……で、でも」


「でもじゃない!後悔先に立たず!俺、自分のせいで有詐味さんの恋が成就しないのは嫌だし…だから、今日からは別々に帰ろ?な?」


「……うん」


「よろしい!…あ、じゃあ俺、古本屋寄って帰るから。だから…また明日!」


「う…うん。また明日」


 そう言って屈託のない笑顔で手を振って、走り去っていくくっきーの背中は、いつもと同じはずなのに、どこか遠く感じた。


 彼の姿が角を曲がって見えなくなっても、私はその場に無気力に立ち尽くすしかなかった。


 欲張った。欲張って、私は大好きな人に勘違いをさせて、ずっと望んでいた甘い展開の可能性を、自ら手放してしまった。


 ああ、もう、なんで。


 今すぐ、数分前の欲張りで余計なことを言った私をぶん殴りたい。







 結局、翌日から私とくっきーは一緒に帰ることがなくなった。

 

 それどころか、学校の休憩時間も喋らなくなったし、お昼も一緒に食べなくなった。


 教室の中で目が合っても、軽く手を振るだけ。近くにいるのに、まるで距離ができてしまったみたいで、胸がきゅっと痛くなる。


 それなのにLINEのやり取りはめちゃくちゃ増えた。


 学校で話せなくなったから、その代案でという、くっきーなりの気遣いなんだろう。

 あの出来事がなければ休憩時間や帰宅時に並んで、笑顔を交えて話していたであろう話題を時間の許す限りトーク上でやり取りする。


 それでも面と向かった時に、彼は私と距離を置くのだ。


 電子上では相変わらず自分の近くにいなくても彼を近くに感じるのに、現実は彼が目の前にいても、彼を遠くに感じるようになった。


 そんなチグハグな状況に、彼が私に対してどう思っているのかよくわからなくなり、ずっとモヤモヤが胸につかえてつらい。


 やっぱりもう呆れられたのか?それじゃあなぜメッセージのやり取りはしてくれるの?


 考えれば考えるほどわからなくなる。


 けどただ一つ明確なことは、くっきーは私が彼とは違う男子に好意を寄せていると勘違いしているってこと。私のせいだけど。


 普通なら身を引かれたり、LINEなんかもしないと思うのだけれども、それでもなお私との繋がりを絶たないのは私に対しては何も感じていないから?


 それって、彼にとって私は所詮しょせん━━


「友達止まりだからでしょうかぁぁぁぁ?どう思う?なっちゃん」


「んー……難しい……質問」


 あの日から二か月ほど経った昼休みの教室。くっきーがいない隙に私はたった一人の親友に頼る。


 右人差し指をくにっと曲げ、下唇に当てて眉をひそめる彼女はそのたった一人の親友である今西いまにし夏希なつきちゃん。なっちゃん。


 そう、私の親友枠はなっちゃんしかいないのだ。


 今までも、これからも永久的に。


「ねぇ…司紗」


「んー…?」


「司紗はさ……その……」


 なっちゃんは言葉を喉元に一旦留め置き、辺りをきょろきょろと見回すと、頬を朱色に染めながらふいに私の耳元に顔を近づけた。


「まだ……九鬼くんのことが……好き……なの?」


 吐息混じりに囁かれたその言葉に、私は心臓を鷲掴みにされたかのようにびくっと身体を震わせた。そして気恥ずかしさの籠った熱をぐつぐつと沸騰させ、顔が真っ赤になっていくのを感じた私は観念した。


「うん……好き」


 火照った顔を小さく縦に振ってみせると、言い出しっぺのなっちゃんまで顔をより真っ赤に染め上げて、目を見開いたのだ。


「てか、なんでなっちゃんまでそんな真っ赤になってんのよー!それ、私のジョブじゃん」


「ジョブ……なの?……ま、まぁ……素直だな……って思った……から」


「素直……っていうか、白状しただけだよ。恥ずかしくなったというより、本心を見抜かれたような気がしたから居た堪れなくて、白旗を上げただけ」


「でも……素直なの……大事」


 頬から赤みが消えたなっちゃんは優しくやんわりとした笑顔で相変わらず途切れ途切れな言葉で呟く。


「私……も……素直に……想いを伝えた。最初は勘違い……されていたけど……最後は……気持ち伝わった」


 体験談を語るなっちゃんの目線はいつからか、私から彼女が素直に想いを伝えたという彼へと向けられていた。


 私の左後方の窓際の席に座り、机に肘をついてぼんやり校門前の車道を眺めている鳥羽くんである。


「司紗は……九鬼くんに……素直に想い……を伝えたこと……ある?」


「それは…」


 再度こちらに視線をまっすぐ向けてきたなっちゃんを目前に、なぜか言葉が詰まってしまう。


 答えが明白だからだ。


 私は一度だって、くっきーに『好き』と素直に言ったことがない。


 私が今までやってきたのはあくまでアプローチ。間接キスの演出、占い、恋バナ、運命数。どれも遠回しに『好意を察してほしい』と願うばかりの行為で、真正面から彼と向き合い、ましてや本音を素直に伝えることなんて、一度も考えたことはない。


 いや、怖くてできないというのが適切なところかもしれない。


「ないよ。それどころか、私はなっちゃんと違って、いつもいつもくっきーに対して自分の気持ちを悟らせることでいっぱいいっぱいだもん」


「なるほど…」


「でもさ、考えてみれば馬鹿だよねぇ。自分が素直になれば良いだけなのに、素直になった自分が受け入れてもらえなくて振られたら、どうしようとか考えてたら怖くてさ。結局こんなやり方でしか好意を伝えられなくなって━━」


「それ!」


「へ?」


「司紗は…やっぱり素直……だよ。今だって…正直に話して…くれた…。本当は素直。だから……その司紗の……素直な気持ちを…今度は……九鬼くんに……見せてあげて?……じゃないと……九鬼くんは…気づいてくれない。……気づけないと……思う」


 なっちゃん、それは親友であるなっちゃんにだからできるんだよ?だからなっちゃん以外の人に素直になるなんて怖いよ。


 ましてやくっきーになんて。


「だめだよ……私が素直に気持ちを打ち明けたら、きっと嫌われちゃうもん」


 そうだよ。あの人達みたいな言葉を言われるかもしれない。


『有詐味さんってさ、何でもかんでも素直に打ち明けすぎじゃない?なんていうか、もうちょっと空気読んでくれないと、うちらしんどいんだわ』


 嘲笑されながら冷めた目で浴びせられたあの言葉がふと脳内に浮かび、今でも私を縛っている。


 なっちゃんの前ではその縛りも解け、素直に気持ちを吐ける。だけどなっちゃん以外の人を前にすると再び私を縛るのだ。


 素直になるのが怖い。


 くっきーだって、同じかもしれない。素直になった私を煙たく感じるかもしれない。不快に感じるかもしれない。


 それが怖い。


 私はたぶん一生、好きな人に素直になることができない。嘘をついて、あるいは言いたいことを意図的に言わせるしかない。


「そんなことっ……ない!」


 私を苦しめる思考を断ち切るような初めて聞いた彼女の大きな声にクラスの空気までも一瞬断ち切る。


 当然、彼女の目の前にいる私の意識は完全に彼女へと奪われていたが、我に返り、一瞬静まり返った教室内にはっとして周囲をきょろきょろと見回したが、その頃には既にみんな、自分の会話に戻っていた。


 幸いにも、なっちゃんの彼氏である鳥羽くんも席を外していたし、特段、クラスの様子に変化がないことを確認できたので私はそっと安堵の息を吐き出した。


「急にびっくりしたよぉ。なっちゃん……」


 視線を上げると涙を瞳に滲ませて、小刻みに震えて立っているなっちゃんの姿が見えた。


「って、なっ、なっちゃん!?」


「ごめん…つい……大きい……声出しちゃって……」


「いやいや、ごめんなのはこっちだよ。なっちゃん、せっかくアドバイスくれてるのに、私口答えなんかして」


「ちが…くて……司紗……あの頃の私と……同じ目してた……から……気づいて……ほしかった……の」


「どういうこと?」


「私も……素直になること…怖かった。素直になっても……鳥羽くんが……受け入れてくれる……かわからなくて……怖くて……素直になれなかった。……なかった……けどっ」


 なっちゃんはまっすぐ私を見つめ、私の両手を小さな手で握ってきた。その手はか弱いのに、確かに伝わる想いの強さがこもっていた。


「素直になること……はっ…悪いことじゃ……ないっ」


 その言葉が、私の胸に響いた瞬間だった。


「あれ…」


 熱くなった目頭からつーっと生暖かい雫が溢れ、頬を伝っていくのがわかった。


 次の瞬間、慌てふためくなっちゃんが涙でぼやける視界に入った。


「ごごごご……ごめんっ!…司紗……私…の言葉で……傷ついた?」


「んーん」


 頬に残る涙と瞼を袖で拭い、なっちゃんに心底からの笑顔を向けた。


「なっちゃん、ありがとう。なんか目が覚めた」


 親友が勇気を出して言ってくれた言葉に私の迷いは少しずつ晴れていくように感じた。


「なっちゃんの言う通りだよね…。よーっし!いっちょ伝えてみるかぁ!」


「ほんと?……無理……してない?」


「してないよ!」


「そっか……なら…よかった。九鬼くん……も……きっと……司紗のこと……わかってくれるはず」


 お互い目配せをして笑うとなっちゃんは笑顔で口を開いた。


「で…いつ…伝える……の?」


「え…えーっと、ま、まぁ……手堅く考えて、二年生が終わるまでの良いタイミング……で……かなぁ……」


 私の目が泳いだのを見て、なっちゃんの表情が一転、般若のような鋭い目になって迫ってきた。


「わかった!わかりましたよお〜。今日伝えます!伝えますから〜。そんな目しないで〜」


「ぜっ……たい?」


「絶対絶対ぜーったい!」


「なら……よし」


 柔らかく笑って、私の頭をぽんぽんと撫でてくれるなっちゃんに私は決意する。


 もう逃げない。

 今日、くっきーに素直な気持ちを伝える。




 放課後、なっちゃんに背中を押されるように私は教室を後にした。


 「がんばれ……!」と小さく言ってくれたその声を背に受けながら、私は少し小走りで昇降口へ向かう。心臓が高鳴って、脈打つ音が自分の耳にも響いてくる。


 昇降口へ着くと、案の定、私より一足早く教室を出ていたくっきーが、ちょうど靴を履き替えているところだった。


 視界に彼の背中が映った瞬間、ためらう暇もなく、衝動のまま、私は声をかけた。


「くっきー!」


 目を見開き驚く彼に、私はいつも通りに笑顔で手を振りながら駆け寄った。


「有詐味さん!?どうしたの?」


「いやぁ、ここ二カ月くらい本当に一緒に帰ってないから、たまには一緒に…その……帰りたいなぁ……って」


「でも……好きな人に見られたらダメでしょう?」


「あ、いや、好きな人はその…」


 また誤魔化す気?


 なっちゃんに言われたじゃない。


『素直な気持ちを…今度は……九鬼くんに……見せてあげて?』


 伝えるんだ。


 もう私は逃げない。


「違う…」


「え?」


「違うの!!」


「え?何が?」


「伝えたいことがあるの!どうしても……」


「伝えたいこと?」


「だから……」


「有詐味さん?」


 考えるな考えるな考えるな考えるな


 おまじないのように脳内で反芻はんすうすると、暗示にかかったのか気づけば私は上履きのまま、くっきーの腕を掴み、走り出していた。


「ちょっ、有詐味さん?どこ行くの?」


 戸惑う彼の声を無視して、校門を抜け、通学路から少し外れた場所にある閑静な住宅街にある小さな公園にたどり着いた。


 私が彼と放課後、よく立ち寄っていた馴染みのある公園。


 二人掛けのベンチと、錆びれた時計台しかなく、周辺の小学生らは少し離れた場所にある自然公園に行くため、この公園には基本私たちしかいない。


 だから素直に気持ちを吐くにはここしかないと思った。


 気持ちだけではなく、身体も先走ってしまい私もくっきーも肩で息をして、白い吐息を冬の澄んだ空気へ溶かしていく。


「はぁ…はぁ…はぁぁ……なんで急に走り出すの!?しかも…はぁ……なんでこの公園に━━」


「わたしっ!!」


 途切れ途切れのくっきーの言葉を遮る。


 また頭で考えてしまう前に。逃げないために。なにより、後悔しないために。


「わたし…私は…本当はくっきーが好きなのっ!!」


 突然の告白に案の定、くっきーは目をぎょっと丸くして、口を半開きにしているが、そんなのは関係ない。


「いや、でも、有詐味さん好きな人がいるって」


「それはくっきーのことっ!……ていうか前からずっとずっとずっとアプローチしてきたのに、くっきーは気づいてくれなくて……」


 違う。


 素直になれなかった自分が悪いんだ。


 素直になることが怖くて、逃げて、くっきーを彼女らと一緒にした私が悪いのだ。


 くっきーは唯一の私の味方だったのに。素直になるべき人だったのに。


 そんな大切なことを今更気づいたのだけれど、だからこそ私はくっきーにちゃんと素直に伝えたい。

 

「だから今日はちゃんと素直になりたかったの!くっきーに勘違いされたくなかった……わたしは!……くっきーとずっとずっとずっと一緒に……隣にいたいのっ!」


「ごめん……」


 その一言が落ちた瞬間、覚悟はしていたが、世界が色を失ったかのように見えるくらいに、ショックを受けた。


「無理だよ…俺は付き合えない」


 ああ、やっぱり。


 どこかで悟っていたのかもしれない。告白したらこう返されるって。


 それでもいい。


 私は勇気を出して素直に伝えたんだ。

 

 私にしては進歩なんだ。頑張ったんだから。


 だから、だからせめて━━


「せめて…理由を聞かせて?」


 表情に影を残しつつ、ゆっくりと私に視線を向けると、彼はゆっくり言葉を紡ぎ出した。


「俺は…重い」


「重い?」


「そう…想いが…重いんだ。もう嫌なんだ。大好きな人に好きになって、その想いを表現して…形にして……嫌われるのは」


 正気を失ったように青ざめた無気力な彼は控え目に唇の端を上げて、自分の過去についてぽつりぽつりと語り始めた。


「去年の夏に、片想いだった人にプロポーズして、そしたら付き合えることになってさ。俺、ずっとずっとずっと大好きだったから、絶対絶対幸せにするんだって息巻いてた。でも、それって、結局は俺が自分の承認欲を満たしたかっただけ……だけ…………」


 次の瞬間、くっきーは身体を震わせながら、拳を握り、涙をぽろぽろと溢れさせた。


「いや…違う……違うんだっ!」


 悔しさを滲み出しているように、私にはそう見えた。


「俺はただ彼女が好きなだけだった!彼女にいっぱいいっぱいいろんなことしてあげたかった。それが…うざったくて、うるさくて、彼女を不快にしたんだ!それは紛れもない事実で、悪なんだ!……でもそうしてしまう。……頭ではわかっているのに。……だから、俺と付き合ってもさ、いいことないよ」


 涙を流しながら、微笑む彼。


 それは、私がこの数ヶ月ずっと見てきたポーカーフェイスなんかじゃない。


 本当のくっきーの顔だった。


 あぁ、そうか。彼も私と同じだったんだ。


 素直になることが怖かったんだ。


 でも、それ以上にその素直さを拒絶されたことが、ずっと、ずっと辛かったんだ。


 私は気づけば、彼を抱きしめ、自分の胸に、そっと彼の顔を迎え入れた。


「去年の秋、私、いじめられててさ。パシリみたいな扱い受けてて、文化祭の準備とか当然一人でやらされてたりしたんだよね。あ、私がただ頑張ってる真面目ちゃんに見えた?」


 私の胸の中で小さく顔を縦に振るのがわかった。


「そっか…。でも残念。いじめられてたんだんよね、私。結構素直な子だったんだけどね、でもその素直さが、逆に彼女たちにはうざかったのかもね。それでいじめられて、素直になるのが怖くなった。でもそんな中でも少しだけ素直になれた人が居たんだよ。私を助けてくれた人」


 抱きしめて腕の力を緩めるとくっきーは私の胸から離れる。くっきーは未だにに視線を少し逸らしている。


 それでも私はにっと微笑んだ。


「それがくっきーだよ!あの時はびっくりしたよ。違うクラスなのによく声かけてくれたよね〜。ほんと」


「それは…毎回毎回、有詐味さんが一人でがんばってたから。なんでこんなひたむきに頑張れるんだろうって気になって、気がついたら声を掛けてた」


「それから私たち、友達になってさ、いっぱい話したよねー!てかくっきー、自分とこのクラスの文化祭の準備、ほったらかしてまで私の手伝いばっかやるんだもん」


「だって楽しかったから。有詐味さんと放課後に文化祭の準備を手伝いながら話をしていると、すごく楽しくて、その時間が愛おしくて。そう感じる頃には色がなくなったような空虚な学校生活に色が戻っていくようで、ずっとずっと有詐味さんと居れたらなって思ってた。だけど、結局今日まで素直に言えなかった」


 真っ直ぐな言葉だった。私の胸を温かく染めていく。


「わかるよ。完全に素直になるのはやっぱ怖いよね。でもさ、それでもさ!思い返してみれば、くっきーと出会ったばかりの頃って、私たち結構本音で話してたなぁって」


「確かに。そう言われてみればそうだな」


「だ、だから、だからね、くっきー!」


 烏滸がましいかもしれない。

 今更なんだよって言われるかもしれない。


 だけど、素直になることを拒まれてきたのは私も彼も同じ。だから、まずは私から彼を信じてあげるんだ。そして彼が素直な気持ちを打ち明けられる、そんな人になるんだ。


 そう決意すれば、本心から嘘偽りのない素直な笑顔が花咲いた。


「せめて、私くらいには素直になりなよ!去年の文化祭の準備の時みたくさ、これからもずーっと笑いながら本音で話してよ。ねっ!」


 私の言葉に、くっきーは一瞬きょとんとしたあと、ふっと吹き出した。


 その笑顔には、涙の名残と安堵の光が混ざっていた。


「ほんと… 有詐味さんは相変わらずだな。全く、去年から何も変わってない」


「なによ〜?それは私が進歩していないってこと〜?」


「あぁ。奥手で、わざとらしくて、それでも裏表がなくて、明るくて、楽しくて…」


「いいことじゃん!」


「そうだよ?悪いことなんて言ってない。あっ、そういう早とちりなところも相変わらずだな」


「早とちりはくっきーも同じじゃん」


「まぁ、たしかにね」


 初めて私たちは素直に、一方的にではなく、互いの間に花を咲かせて笑い合った。

 

 幸せとはこういうことをいうのかもしれない。


 この幸せが友達止まりでもいい。


 私は素直に彼と笑いあっていたいのだ。

 そういう関係でありたいのだ。













「有詐味さん!」


「ん?」


「俺、もっともっと素直になってもいいんだよね?」


「うんっ!そう言ったじゃん!」


「じゃあさ、さっそく…素直に……伝えたいことがある」


 そういうとくっきーは私に右手を差し伸べ、上半身を下げた。


 突然の、たぶんそうだと思われる彼の行動に理解は追いついていたものの、気持ちが一拍遅れてやってきたが、追いついた頃には彼は誠実にそれを口に出していた。


「有詐味さんのこと、俺ずっとずっと大好きでした。いや、今も大好きです!だから…だから……こんな俺でよかったら、もらってください!」


 手を震わせ、普段ポーカーフェイスで私のアプローチをことごとくかわしてきた彼の素直で一生懸命な告白に、思わずふふっと嬉しさか恥ずかしさかわからない笑みが溢れた。


 その笑みに彼はゆっくりと目を丸くしながら顔を上げるくっきーは可愛い。好き。大好き。


「もらってください…って、ふふっ…普通逆じゃない?」


「いや、もらわれる側だから。こんなゴミカス人間…」


「もう!偏屈なこと言わない!せっかくの告白が台無しじゃん」


「あ、ごめん」


「私の大好きな彼氏はゴミカス人間じゃないよ!素直で優しくて、思いやりのある人だもん。それがくっきーだもん」


「ありがとう……って、それって」


「YES以外ないでしょ!というか、私が先に告白したんですけど」


「いや、仕切り直したから実質俺が先で━━」


 ずっとずっと前からこうできたけど、紆余曲折あって今になってしまったのだけれど、それでよかったのかもしれない。


 私たちはたぶんこれからは躊躇うことなく、素直に想いをぶつけ合って、受け止め合える。


 そう思える今が、私は何よりも誇らしかった。


まだまだ未熟者で勉強中ですので、おかしい点や不明な点、また誤植、誤字、脱字があればぜひ教えてください!

あ、友達のように気軽に教えてくださいね!


もし仮に、上記に当てはまらず、純粋に良かったと思っていただいた場合はお星様★★★★★をお願いします。

めっちゃ喜びます(๑˃̵ᴗ˂̵)

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