かくれんぼ
「もういいかい?」
「まあだだよ」
夕暮れの小学校の校舎内に子どもたちの声が響いた。
放課後に校舎で遊ぶことは禁止されていたが、子どもたちは好奇心に勝てず、人気のない校舎内でかくれんぼを始めていた。
しかし、浩太だけが違和感を覚えていた。
かくれんぼの「鬼」は紗季のはずだった。
でも、さっき聞こえた声は、彼女のものではない。
「もういいかい?」
再び、声が聞こえる。
今度は、壁の中から聞こえたような気がした。
「……まあだだよ」
誰かが、返事をしている。
でも、みんなはもう遠くに隠れているはずなのに誰が返事をしているんだろう、と思いながら浩太はふらふらと廊下を歩いた。
夕暮れの光が窓から差し込み、影が歪んで伸びていた。
どこかから、微かに鼻歌が聞こえる。
鼻歌をたよりに浩太は廊下を歩き続けた。何となく、かくれんぼをしている場合でない気がしていた。
ふと、理科室の前で立ち止まった。
ドアは開いている。
「紗季?」
中をのぞき込んだ瞬間、浩太の背筋が凍りついた。
机の間に、誰かが立っていた。
真っ白な服に、長い髪。顔は見えない。紗季ではないのは確実だった。
誰だかわからない女はこちらに背を向けて、壁に向かって、何かをつぶやいている。
「もういいかい……もういいかい……もういいかい……」
その声も、当然紗季の声ではなかった。
そして、その声はまるで浩太の耳元で直接話しているかのように鮮明に聞こえた。
「……もういいかい?」
女が、ゆっくりと振り返った。
「なっ……」
女の顔はめちゃくちゃだった。鼻はおでこにあるし、目は三つ、口は縦になっていた。
浩太は逃げ出したかったが、恐怖で足が動かなかった。
その時、校内放送が突然鳴った。
スピーカーから聞き慣れないかすれた声が響いた。
「校内でのかくれんぼは……おやめください……見つけてしまうと……か……って……ます……」
最後の方は雑音も混じり何を言っているのかわからなかったが、放送が終わると女の顔がさらに崩れていく。
浩太は咄嗟に目を逸らそうとしたが、何かに押さえつけられているかのように女の顔から目を逸らすことはできなかった。
空洞の目が、浩太をまっすぐにじっと見つめていた。
数日後、浩太も紗季も見つからなかった。
不思議なことに二人が校舎に入ったのを見たという者はいなかった。
ただ、夜の理科室の窓に、今も「顔のない子ども」が映ることがあるという。
そして、誰かがつぶやく。
「……もういいかい?」