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第84話 ストーカー

「どうしたの、美琴?」

神代は怪訝な表情で美園に尋ねた。


映画『ユニコーン』はクランクインしており、ロケ地では撮影が進められていた。


「へ?……ううん、何でもない」

美園は誰かの視線を感じた気がした。

(気の所為……だよね?)


この日から、美園の身の回りで違和感がある出来事が増えた。

日課のジョギング中に自分ではない足音が聞こえたり、自宅の出入りを誰かに見られているような視線を感じた。

携帯電話には送信者不明の着信がしばしばあり、着信音がなるたびに背筋が冷たくなるような不安感に襲われていた。

映画の撮影時にも、最初に感じた視線を感じるようになり、美園は次第に落ち着かなくなっていった。


***


「――カット!」

ロケ地で監督の風間の声が響き渡った。


関係者の「またか」という視線が美園に集っている気がする。

もはや何度目かわからないほど回数を重ねている美園の演技のリテイクだった。


「美園、今日は体調が悪いんじゃないのか?」

風間は心配している体を取りつつも、若干苛立った口調で言った。


「ご……ごめんなさい……そうみたいです」


美園は体調に問題はないと思っているが、精神的にはかなり疲れていた。

食欲もなくなっているため、風間の指摘の通り体調にも問題が出ている可能性もある。

体が丈夫なことが取り柄だと思っている美園にとって甚だ不本意だが、体調不良ということにした。

今抱えている問題を告白すると、騒ぎが大きくなって避けたかったというのもあった。


「では、シーン17は後回しにしよう。美園、今日はもういいぞ」

「は、はい、おつかれさまでした……」


美園は体力に自信があり、これまで予定していた撮影はすべてスケジュール通りにこなしてきた。

彼女にとって撮影を中断することは初めてであった。

(く、悔しい……)


「美琴! 大丈夫?」

神代が心配そうにそばに寄り添った。


「え、えぇ、大丈……ひいぃっ!」


美園の強がりもここまでだった。

彼女は携帯電話のメールを見た途端に青ざめた表情になった。


─────

昼のロケ弁はとても美味しかったと思いますが、残されていましたよね?

体調は大丈夫ですか?とても心配です。


シーン17の演技、素晴らしかったです。

あなたの演技は、監督には理解できないのでしょう。

─────


***


「――なるほど、ストーカーですか……」


グレイスビルの会議室で、翔太は考え込むように言った。

美園を心配した神代と橘は、美園を連れてグレイスビルに移動した。

今日の神代の撮影シーンには美園が必要だったため、神代の撮影もなくなっている。


騒ぎを大きくしたくないと言った美園に対し、神代は翔太に相談すると言った。

美園にとっては素人の翔太に相談することには一抹の不安を感じていた。


「一応、被害届けは出したのですが、明確な被害を証明できるものは携帯電話の着信とメールだけなので、警察がどこまで動いてくれるかわからない状況です」


美園のマネージャーである川口が現状を説明した。


「この件は私も動いて構わないということで合っていますか?」

「ええ、お願いします。梨々花の映画に影響しますので、早急に解決することが望ましいです」


翔太は橘に確認を入れていた。

美園は翔太の仕事内容を詳しく知らなかったが、映画に関する仕事であれば協力してもらえるだろうと推察した。

美園には理解できないが、橘も翔太を信頼しているようだ。


「では、川口さん、美園さんが被害に遭われていた時間帯のスケジュールを教えていただけますか。差し支えない範囲で構いません」

「はい――」


翔太は川口の情報をもとに、何らかの情報をラップトップPCに入力していた。

美園は演技でもあれくらい速くタイピングできれば――などと、とりとめのないことを考えていた。


「――大体の状況はつかめました。美園さん、もう少しだけ辛抱してください。早急に捕まえます」

「……へ?」


美園はUFOでも見つけたような表情で翔太を見つめた。


***


「はあーっ」

美園は大きくため息をついた。

タクシーで自宅の前まで戻ってきた彼女は疲れ果てていた。


一人になりたくない美園を慮ったのか、神代の提案で、美園はグレイスビルの休憩室でボードゲームなどで気分転換をしていた。

しかし、帰宅したら一人になってしまい、今の美園にはその時間が辛かった。

(今晩は寝られるかな……)


「きゃあ!」

美園は玄関のドアの前に置かれていた花束を見つけ、思わず悲鳴を上げた。


美園は自宅で茫然自失していた。

このままでは、映画の撮影に大きな影響が出るだろう。

美園にとって今回の映画は、親しい友人である神代も共演していることから特に思い入れが強く、何としてでも成功したいと思っていた。


神出鬼没のストーカーを特定して捕まえることは極めて難しいだろう。

川口の情報によると、警察の捜査はあまり期待できそうではなかった。

神代は翔太をかなり評価しているようだが、美園にとっては普通の人という印象に過ぎない。

この生活がいつまで続くのかと思うと、将来のことが不安で仕方がなかった。


「このままだと……私――」

美園は一人きりになったこともあり、涙をこらえきれなくなっていた。


「きゃっ!」

携帯電話が鳴ったことで、思わず悲鳴を上げた。

携帯電話を捨ててしまいたいほどトラウマになりかけていたが、発信者はストーカーではなかった。


「え? 橘さん?」

送信者を見た美園は体から力が抜けるのを感じた。

自分が思っていたより、精神的に参っているようだ。


「――もしもし?」

「美園さんですね? ストーカーが捕まりました。」


「……は?」


美園は開いた口が塞がらなかった。

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