表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/298

第5話 眼鏡

本番が始まる直前に、神代は思わぬ行動に出た。

おもむろに眼鏡を取り出し、それをかけた。

神代が眼鏡をかけたことで、彼女の知性的な雰囲気が一層際立ったように感じられた。

翔太は気づいた。彼女の狙いはそこではない――


『言わないで!』

声に出してはいないが、そう言われたような気がした。

神代は懇願しているような目で翔太を見ている。


翔太は橘の反応を伺った。

橘は一瞬眉をひそめたが、すぐに表情を元に戻した。

どうやら静観するつもりらしい。


このまま本番の撮影が始まった。


***


撮影が終わり、翔太と水口は録画した映像を確認していた。

この場の責任者は水口なので、彼女がOKを出せばクライアントであるアクシススタッフ側では問題がないことになる。


「すごいわね、彼女。うちに来てくれないかしら?」

「この業界は全く知りませんが、社長と同じくらいの報酬を用意しないとダメなんじゃないですかね」

「はぁー、優秀な人材を確保するのは大変なのよね。柊くんも取られちゃったし」

「いゃいゃ、最初から私の配属はバンテージじゃないですよ?」

水口は採用面接も担当している。相当苦労しているようだ。


「しかし、よく演技内容の難易度を上げる決断をしたわね。

柊くんはこういうリスクは取らない性格だと思っていた」

「神代さんは、事前に相当練習されていたように見えました。

相当予算をかけているように見えたので、相応の働きをしてもらおうかなと」


もちろん、冗談だ。翔太は今の会社に忠誠心は持ち合わせていない。

本音としては、神代がリハーサルの段階では物足りないように見えたので、ダメ元で提案してみたという感じだ。


「でも、おかげで最高のビデオができたわ、花まるあげちゃう」

普段は厳格な態度をとっている水口にとって、これは珍しい口調だ。

大きな任務が終わって肩の荷が下りたのかもしれない。


***


翔太と水口は関係者と合流した。

スタジオの施設内にある会議室にはディレクターの澤井、マネージャーの橘、神代が待っていた。


「弊社としてはこれでお願いしたいと思っています。

講師としての神代さんはすばらしく、弊社の講師陣の中でもエースと言ってもおかしくない出来でした。

まさに最高の演技でした。ありがとうございます」

水口が切り出した。


会議室が安堵に包まれた。この後編集作業などはあるだろうが、今日の仕事は問題なく終わったということでよいだろう。


「柊さんはいかがでしょうか」

澤井が翔太に水を向けた。


神代が固唾をのんで翔太を見ている。責任者の水口のOKが出ているため、状況としては緊張する場面ではない筈だが。


「このビデオをみたお客様は百人中百人が神代さんの講義を受けたいと思うでしょう。

弊社としては神代さんにお願いできたことを大変幸運に思っています。

付け加えると、水口はこのような場でお世辞や社交辞令を言うことはありません」


「――っ!」神代が両手の指先で口元を覆った。

目元が少し潤んでいるように見える。


「ありがとうございます」

神代は深々とお辞儀をした。


***


「アレは良かったのでしょうか」

会議が終わった後、翔太は橘をつかまえて切り出した。


「ご心配ありがとうございます、本件は霧島から私に一任されているので問題ないですよ」


お互いに主語を明示せずにぼやかしたのは、神代の責任にならないための配慮だ。

神代はその様子を遠くから見守っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ