第323話 暴力
「嬢ちゃん、いいセンスしてるな」
(オヤヂかっ)
庭場組の構成員と思われる角刈りの男が雫石に詰め寄り、彼女が持っている扇子を指差した。
その額の右上には刃物で切られたような長い傷跡があり、短く刈り上げた頭髪はそれを強調しているかのように見えた。
暴力団同士の抗争で付いた傷なのか、本人はこれを勲章と思っているようだ。
「ありがとうございます。失礼いたします」
雫石は見るからに怖そうな男に対しても全く物おじせず、丁寧にお辞儀をしてその場を去ろうとしたときだった。
「ちょっと、待てや! この扇子見せてくれねぇか」
男が雫石の手から扇子を奪った瞬間、彼女のパーフェクトヒロインの仮面が剥がれ、恐ろしい表情になった。
「汚い手でそれに触るなぁ!!!!」
「うっ!」
雫石は響き渡るような声を張り上げ、男から扇子を奪い返した。
男は雫石の迫力に驚いたのか、おそらく反射的に手が動いていた。
「雫石!」「ひかり!」
翔太は咄嗟に雫石をかばい、男に殴られる形になった。
檜垣は残りの四人を警戒して、渦中の二人からは距離が離れていた。
「皇さん!」
自分が起こしてしまった事態に、雫石が青ざめた表情になった。
「いきがってんじゃねぇぞ、このくそアマぁ!」
「雫石、下がっていろ」
始まってしまったものはしょうがない――と、翔太は覚悟を決めた。
「皇さん、一人だけお願いします」「へっ?」
檜垣はまたたく間に四人の構成員に向かっていった。
「よそ見してんじゃねぇぞ、こらぁっ!」
男が殴りかかってきたが、翔太は心の準備ができていた。
突っ込んできた相手に、翔太も踏み込み、隅落としで投げ倒した。
「うげぇあ」
翔太はとりあえず目の前の一人を地面に横たえたものの、相手側はまだ四人いる。
束になってかかってこられたら到底勝ち目はないだろう。
「雫石、逃げ……は?」
とにかく雫石を逃がすことだけを考え、翔太は状況を確認したが、目の前の光景に目を疑った。
檜垣の傍らには四人の屈強な男たちが地に伏していた。
「は?」
翔太は二度見、三度見したが何度見ても見間違いではないようだ。
(えぇっ!? まだ一分も経ってなくね?)
「そ、そんな……バカな……」
翔太に倒された男もこの様子を見て、声が震えていた。
(とりあえず、警察かな……)
ここまで大事になった以上、「はい、さよなら」では済まないだろう。
翔太はこの場をどう収拾するかを思案していたところで、見知った人物が現れた。
「お前ら……何してるんだ!」
「わ、若頭!」