第318話 ドリームチーム
「んにゅっ、これは強敵ですな……」
鷺沼はサーバとネットワークのログを真剣な表情で眺めていた。
サイバーフュージョンのパーソナルメディア事業部には、そうそうたる顔ぶれが集まっていた。
「すみません、本来の業務とは違うことをお願いしてしまって……」
翔太は今回の件を重く見て、新田のほかに鷺沼を呼んでいた。
鷺沼は現在、石動に請われて、翔動が開発している将棋AIなどのシステムに関わっている。
したがって、ややこしいことに翔動の業務の一環として彼女はここにいる。
「本当にありがとうございます。もし、ブログの内容が改ざんされることになれば大変なことになっていました」
次いで、橘も鷺沼に礼を述べた。
鷺沼と新田によって、霧島プロダクションのサーバーは完全な防御体制が施され、件の侵入者は諦めたようだ。
「いやいや、なんのなんの。こっちも面白そうなので、うぇるかむですよん」
鷺沼は全く気にしていないようだ。
以前(翔太の主観)から、彼女はプロジェクトの規模や予算よりも、内容の面白さや挑戦性を重視するタイプだった。
与えられた課題が難しいほど意欲を出す性質で、その面では新田に似ているところがある。
翔太は鷺沼と鷹山と会話する度に、石動景隆だったころを思い出し、複雑な気分になった。
鷹山は翔太に対して特に違和感を抱いていないようだが、鷺沼はやたら勘がいいので注意が必要だった。
とはいえ、翔太は鷺沼の前だけ別人を演じることはできないため、どうしようもなかった。
「私も驚きました。こんな突破方法があるんですね」
佃はしてやられたといった表情で言った。
パーソナルメディア事業部が運用している『フュージョンブログ』は、これまで大きなセキュリティ上の問題が発生したことがなかった。
それほどこの事業部には優秀な人材が集められ、万全の体制で運営されていた。
それだけに今回の問題は佃にとってもショックだったようだ。
「むー、なんだか悔しいわね」
新田は歯がみしていた。
前職であるサイバーフュージョンで新田はこのシステムを担当していたことから、思い入れがあるのだろう。
とはいえ、今の彼女に責任はまったくない。
「新田には責任がないだろ。あ、すみません、新田さんとお呼びしないといけないですね」
部長の森川はとてもやりにくそうに言った。
森川はパーソナルメディア事業部の部長で、以前の新田の上司だった。
「新田でいいですよ。話し方も以前と同じでお願いします」
新田は特に気にした様子もなく、佃が共有したログファイルを眺めている。
本来であれば、機密情報であるが、契約では霧島プロダクションと連携しているシステムに問題が出た場合は適切な情報の開示をする条項があり、今回の件はこれに該当していた。
「大熊、データベースに問題は?」
「はい、今のところは影響なしです」
重大なセキュリティ問題ということもあり、この場にはCTOの中谷が参加していた。
データの安全性を確保するため、データベースの専門家である大熊も緊急で呼ばれていた。
翔太が内心で『須見工コンビ』と呼んでいる二人に久しぶりに会った形となった。
そして、別の意味で久しぶりの人物もこの場にいた。
「柊、何かわかったか?」
野田はいつもと変わらない態度で翔太に声をかけてきた。