第317話 侵入者
「むっ……」
霧島プロダクションの本社ビルで翔太は顔をしかめた。
「どうしました?」
もはや、この城の城主となっている橘が尋ねてきた。
「ブログのサーバに外部からのアクセスがありました」
「本当ですか!」
彼女が驚くのも無理はない。
霧島プロダクションが運用していた『スターダストブログ』は、現在はサイバーフュージョンが『フュージョンブログ』として運用している。
ユーザが利用するのはサイバーフュージョンのサーバである。
しかし、霧島プロダクション所属タレントのデータは、霧島プロダクション側のサーバで管理されている。
アクセス者が霧島プロダクションのタレントのブログを閲覧したり、コメントを書き込むときは、ユーザはサイバーフュージョンのサーバにアクセスしているが、その裏側では霧島プロダクションのサーバが動いている。
したがって、外部からは、バックエンドの霧島プロダクションのサーバには理論上アクセスできないはずだった。
「つまり……サイバーフュージョンのセキュリティが破られたってことですね」
「はい、今すぐ連絡します」
翔太はサイバーフュージョンの佃に電話をかけた。
***
「どうでしたか?」
「あ、ありがとうございます」
翔太は橘が淹れてくれたコーヒーを受け取った。
「やはり外部からの侵入のようです」
翔太は佃からの報告を共有した。
佃は翔太どころか、新田さえ認めるほどのネットワークのスペシャリストだ。
そして、サイバーフュージョンのチームは社長である上村の肝いりで始まったプロジェクトであり、精鋭揃いだった。
その佃らが管理しているシステムを突破し、霧島プロダクションのサーバーにまで到達するとなると、侵入者はよほどの手練れであることが想像できる。
「すみません、侵入を許したのは俺の落ち度でもあります」
翔太は侵入のアラート(警報)に気づき、すぐにアクセスを遮断したが、ここまでの侵入を許した時点でセキュリティが万全ではなかったことになる。
「データ自体は盗まれていないのですよね?」
「はい、不幸中の幸いと言っていいかわかりませんが、データベースにはアクセスされていません」
(くそぉ……誰か知らんが、とっちめてやる)
翔太にとって、このブログサービスは神代と友人になってからの初仕事の一つであり、特に思い入れがあった。
それはおそらくここにいる橘や神代にとっても同様で、それだけに翔太は侵入者に対する強い対抗意識を持つと同時に、自分の不甲斐なさを痛感していた。
とはいうものの、いくら意気込んでみたところで、相手は翔太のスキルを上回っている可能性が高い。
ここは精神論で対処するよりも、専門家に相談すべきだろう。
しかし、今の時点で霧島プロダクションのシステムを担当しているのは翔太だけだった。
「あの――」
「はい、翔動さんに仕事を依頼しますね」
橘は翔太の意図をすぐに汲み取った。
翔動の中では翔太だけがNDA(秘密保持契約)と業務委託契約を交わしている状態で、翔動から追加の要員を派遣するには契約を追加する必要がある。
「話が早くて助かります。それで、二人ほど動かしたいのですが――」