第315話 お土産
「うわっ! 見坂さん、こんな表情するんだ……」
神代は翔太の携帯電話画面を穴が開くくらい見つめていた。
合宿所では、翔太がお土産と称して葵が撮影した写真を神代に見せていた。
神代は翔太の想像以上に食いつきがよく、役作りに関しては一片の妥協もないことが改めて確認できた。
「私、タイトル戦の写真とかもすごく集めたんだけど、見坂さんがここまで真剣な表情のものはなかったよ? どうやって撮ってきたの?」
「うぐっ……」
思わぬ収穫に、神代は喜びながらも、彼女の好奇心は翔太の行動に移り変わっていた。
「まぁ、いいじゃん、これで神代さんの目的は果たせたでしょ?」
「そりゃそうだけどさ……」
神代は翔太が濁した場合には決して口を割らないことを知っている。
今は雫石がいるため、翔太は神代さん呼びになっているが、そのことも神代のほんのりとした不満の一つになっていた。
「ねぇねぇ、私には?」
「雫石の役にモデルはいないだろ」
「えーーーー」
雫石は露骨に不満そうな顔をした。
神代の役には見坂というモデルが存在するが、主役である雫石の役はフィクション性が高く、モデルは存在しない。
「はぁ、その代わりと言ってはなんだけど……お土産だ」
「ん、なにこれ?」
翔太は雫石にペンケースより少し細長めの袋を渡した。
雫石は恐る恐る、袋からそれを取り出した。
「うわーっ! うわー! うわー! うわー!」
「おぃ、うるさいぞ」
袋から出てきたのは色鮮やかな絽の絹扇子だった。
桜色の上品な色使いは若さと大人びた美しさを兼ね備えており、広げた瞬間に花びらが舞いそうなほど華やかだった。
(ま、まぁ、似合っているな……)
翔太は雫石が扇子を持った姿があまりにも美しすぎて、思わず見とれてしまった。
「これ、どうしたの!?」
「買ったんだよ。棋士は扇子を持っている人が多いし、女流棋士も使うことがあるのは知ってるだろ?」
「もしかして、プレゼント?」
「経費だ。けーひ」
実際は翔太の自腹だったが、恥ずかしかったためごまかすことにした。
日本橋の扇子店で、上品な店員とじっくりと相談したのは内緒だ。
「じぃーっ……」
そして、神代は刺すような目で翔太を眺めている。
「もちろん、神代さんのもあるよ」
「本当に!」
霧島プロダクションのさまざまな関係者が利用しているためか、ダーツやフラフープなど雑多なものが置かれている合宿所だったが、神代の笑顔は部屋中が花畑になったと思わせるほどの破壊力があった。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
神代はこれ以上ないくらいの丁寧な手つきで、扇子袋を受け取った。
「うわーっ! うわー! うわー! うわー!」
(おぃ、オリジナリティ、仕事しろ)
雫石と同じ反応に、翔太は呆れるしかなかった。
「私にはうるさいって言ったくせにぃ」
雫石は言葉では不満げなことを口にしているが、その表情はご機嫌だった。
神代が手に取った絽の絹扇子は落ち着いたすみれ色で、知性と華やかさが同居したような美しさだった。
彼女の美しい手で開かれた扇子は、それを動かすたびに見る者を引き込むような魅力を放っていた。
「どうしよう……」
神代は両手を頬に当て、アワアワした表情になっている。
「どうしたの?」
「これから将棋の練習をするつもりだったのに、嬉しすぎて手がつかないよ……」
神代のほんのりと赤らんだ表情は翔太だけでなく、雫石も魅了してしまったようで、三人とも硬直していた。
「柊さん、私も嬉しいよ、チュッ」
「おま……何すんだよ」
油断していた翔太の頬に、一瞬だけ柔らかい感触が残った。
「あーーーっ! ずるい!」
「へっへーん、早いもの勝ちだもんね」
「理不尽すぎるだろ……」
翔太は雫石の行動を咎めようかと思ったが、あまりにも嬉しそうな様子に何も言えなくなってしまっていた。
「あ、柊さん、PCに通知が来ているみたいよ」
「石動かな……あいつ、遅くまでなにやってんだ……」
神代の言葉に翔太は完全に油断していた。
「チュッ」
「えっ?」