第304話 異なる才能
「驚きました。これほどとは……」
将棋会館で雫石の指導対局をしていた屋神は脱帽していた。
翔太が屋神の協力を取り付けていた経緯から、神代と雫石は将棋会館で屋神の指導対局を受けていた。 ※1
プロ棋士による指導対局は誰でも受けることができるが、A級の棋士からほぼ専属で指導を受けられるのは、特別待遇と言えるだろう。
「この場面では三局前のときのように踏み込むべきでしたか?」
雫石は感想戦で屋神に矢継ぎ早に質問をしていた。
驚くべきことに雫石は自分が指した対局はほぼ全て記憶しており、感想戦においても自分と相手の指し手を寸分の狂いもなく再現できていた。
「そうですね。急戦の変化になったので、守っていては間に合いません」
「そうですか。定跡ですと――」
さらに、雫石はほとんどの定跡を記憶していた。
(瞬間記憶能力でもあるんだろうか……)
翔太は雫石の異常な記憶力に驚きを隠せなかった。
多忙な仕事を抱えつつ、学業においても好成績を残していることから、常人にはない才能を持っていると思われる。
合宿で特訓しているとは言え、雫石の将棋歴を聞いている屋神も驚いていた。
「うーん……角を切っても攻めが続くと思ったんですけど……皇さんはどう思う?」
「え? 俺に聞くの?」
神代は女流棋士の田山の指導対局を受けていた。
彼女は自分の役作りのために、あえて女流棋士の指導を受けているようだ。
異性が苦手だからという理由では全くないらしい。
事実として、屋神からも指導対局を受けている。
「相手に大駒を渡すと、攻めが切れた途端に自玉が詰んでしまうように見えるけど」
「皇さんのおっしゃる通りです。手数は長いですが、この手順で――」
田山は美しい手付きで、盤上の駒を動かしつつ、丁寧に解説をしていた。
神代は田山の動きを観察しつつも、内容を頭に叩き込んでいた。
神代も直前の対局であれば初手から並べられるほど記憶力がよかった。
翔太の知る限りでは将棋の入門者で感想戦ができる人物は誰もいなかったが、この二人は別格だ。
田山も神代が初心者と聞き、驚いていた。
雫石は記憶力がやたら良いため、序盤は定跡通りに盤石な指し回しを見せるが、読みが必要な中盤以降には課題があった。
実際に同じく将棋を始めたばかりの新田に大差で破れており、雫石はかなり悔しがっていた。 ※2
新田は定跡を一切知らず、序盤はめちゃくちゃに見える指し回しだったが、結果は新田の大勝であった。
反面、神代は後半に強く、高難度の詰将棋を解いて翔太を驚かせていた。
(しかし、このままだとマズイな……)
前潟と比べると神代と雫石の棋力差は圧倒的だが、二人の才能がプロ棋士の間で広まるのは避けたかった。
二人が前潟に勝つチャンスがあるとすれば、舐めてかかってくれることくらいだった。
(それに、アレも意外と早くできそうだしな……)
翔太は今後のことを考えた矢先だった。
「雫石に何か御用ですか?」
普段より強い口調の檜垣の声が聞こえてきた。
そして、雫石は誰にも気づかれないよう「ちっ」と舌打ちをしていた。
「自分の子供に会いにくるのは全然おかしくないでしょう?」
檜垣に対し、四十前くらいの男は飄々とした態度だった。
(この男が、名瀬満彦か……)
今後、翔太の因縁の相手となる、名瀬との初邂逅であった。
※1 296話 https://ncode.syosetu.com/n8845ko/296/
※2 「俺と俺で現世の覇権をとりにいく」 220話 https://ncode.syosetu.com/n7115kp/220/




