第299話 プロポーズ
「まるで、プロポーズね」
新田はほんのりと顔を赤く染めながら言った。
「へ?」
「だって……あんたと運命共同体になれって言うんでしょ?」
「ん? ……そうなるの……か?」
翔太は考え込んだ。
自分の発言は、新田の人生の大部分を捧げろと捉えられてもおかしくはない。
ある意味ではプロポーズよりも重い言葉とも言える。
(と言っても、石動の気持ちも代弁しているわけだが……)
「さすがに職業選択の自由は尊重するからな。辞めたくなったらいつでも……は困るが、辞めてもらってもいい」
「そうなのね。うーん……どうしよっかな」
(うっ!)
新田はいたずらっぽく微笑んだ。
めったに見せない彼女の表情に翔太はどうにかなりそうだった。
芸能人を見慣れている翔太でも、今日の新田は美しすぎた。
「俺が言いたいのは、新田の才能を活かすためなら最大限の投資を惜しまないってことだ」
「もう、億単位も注ぎ込んでいるものね」
翔動はさくら放送株の売却で巨額の利益を得ていた。
そして、翔太と石動はその利益のかなりの割合をシステムに投資している。
このシステムは現在、主に将棋AIの開発に使われており、新田に完全に一任されている。
彼女ほどの年齢のエンジニアがここまでの規模のシステムを任されるのは極めて異例だろう。
「今はこの程度だが、いずれは国家予算規模のシステムを構築するつもりだ」
「それを私に任せるつもりなの?」
「さすがに全部とは言わないが、俺の覚悟はこれで伝わったんじゃないか?」
「随分、私を買っているのね……これが石動のセリフだったら疑ったかもしれないけど」
「まぁ……そうだろうな。俺には人生経験があるから根拠レスじゃないだろ?」
「柊が石動と違う人生で何をやってきたかは気になるけど、その人生経験から判断してくれているんでしょ?」
「そういうことだ。技術力もそうだが、新田は人間として信頼している」
「それこそ根拠レスじゃない……まぁ、嬉しい……ケド」
「ん?」
「なんでもないわ」
新田の言葉の後半は水上バスのエンジン音にかき消された。
「それにしても、見くびられたわね」
「どういうことだ」
「私は翔動の待遇に満足しているし、柊の知識をまだ引っ張り出せていないんだから、辞めるわけないでしょ!?」
「今はそうかもしれんが……未来では外資系のIT企業の待遇がどんどんよくなるんだよ。もちろん、翔動もそれ以上のものを出すつもりだし、石動もそう考えている」
「はぁああああっ……わかってない……全然わかってない……」
新田は大きなため息をついた。
翔太は意味がわからず首を傾げた。
「もう、いっそのことプロポーズにしちゃえばいいのに」
「えっ?」
新田の小声は、またも水上バスのエンジン音にかき消された。




