第297話 タイミング
「なんか不毛ね……」
新田はラップトップPCのキーボードを叩きながら、そうつぶやいた。
突如、石動に休みを言い渡された翔太と新田は、浜町のカフェで作業をしていた。
新田が不毛と言ったのは休みにも関わらず仕事をしていることを指しているのだろう。
現在、翔動にはテレビ局の取材と撮影が入っており、石動は翔太と新田を露出させないように配慮していた。
これには二人とも石動に感謝している。
「新田が呼び出したんだろうが……」
翔太は新田の隣で同様に自分のPCを操作している。
二人は遠隔で翔動のクラスタ化されたサーバーを操作していた。
このクラスタ化には、未来の技術が使われているため、新田はこれを確認するために翔太を呼び出していた。
浜町にしたのは、二人が近所に住んでいるためだ。
翔太、石動、新田の役員三名は、白鳥ビルがある日本橋に近いところに引っ越していた。
仕事があまりにも立て込んでいるため、通勤時間を少しでも短縮するためだ。
「この将棋AIは神代さんと、あの子のためなの?」
新田は心持ち表情を曇らせて尋ねてきた。
「いゃ、全く関係ないこともないが、純粋な資金集めだよ」
かつて、米国の大手コンピュータ企業がチェスのチャンピオンを自社のスーパーコンピュータで打ち破っていた。
そして、囲碁のトッププロを破ったのは最先端のAIを研究開発していた企業だ。
同様に翔動が将棋のプロを破るようなAIを初めて開発すれば、その技術力が評価され、投資資金が得られると翔太は見込んでいる。
「囲碁のAIを開発していた企業はいくら調達できたのよ?」
「たしか……5億ポンド以上とかいわれていたな」
「そんなに!? 前に言っていた動画サービスの会社よりも巨額ってこと!?」
「当時より企業規模がでかくなっているからな、あの企業なら余裕かどうかはわからないが、十分出せる金額だ」
「今はそこまで投資できるITのビッグテック企業はないんでしょ?」
「どこまでの金額を引っ張り出せるかは石動次第だが、今はあの件で注目されているからな。世間が注目している間に二の矢三の矢を放っていくつもりだ」
翔太は冷めきったコーヒーを飲みながら、翔動の行く末に思いを馳せた。
「生成AIを出せばもっとインパクトあるし、具体的なビジネスになるから投資資金がもっと集まるんじゃないの?」
「オーバーテクノロジーすぎてタイミングが早すぎるんだよ」
「将棋ならいいの?」
「数年の前倒しだし、許容範囲かなぁと」
「適当ね……」
新田も翔太と同じコーヒーを飲んでいた。
彼女は甘い物を好まない。
「それで、将棋AI作ったらプロと対局させてくれるの?」
「いい質問だな。相当難しい交渉になると思う」
「なんで? 話題になるなら、将棋界にとってプラスになるんじゃないの? もしかして、未来で問題あったの?」
新田の質問はもっともだろう。
翔太は深く息をつきながら言った。
「俺もあまり詳しくないが、将棋界ってのは村社会なんだよ」
「閉鎖的ってこと?」
「そうだな……俺たちが思っているような社会的な通念が良くも悪くも通用しないことがある」
「はっきりしないわね……プロがコンピュータと戦うのがけしからんってことになるの?」
「全員じゃないが、そういう勢力もいる。たとえば、屋神さんは前向きな側だ」
「その反対側がいるってことね」
「そうだな、最初のころはそっちのほうが多数派だったような気がする」
「何? 負けたらメンツが潰れたり権威を失うってこと?」
「そういう考えを持っている棋士もいるとは思う」
新田は苦虫を噛み潰すような表情をしていた。
彼女の性格上、ロジカルに回答を出せないことは納得できないのだろう。
しかし、翔太は新田がここまで手を尽くしている以上、絶対にプロとの対局を実現するつもりだ。
「なぁ、新田」
「なに?」
「今からデートしないか?」
「ほえっ!!!???」




