第293話 挑発
「皇くん! 言っていいことと悪いことがあるぞ!」
逢妻は激昂した。
彼が怒るのも無理はないだろう。
生稲は現存する百数十名のプロ棋士の中でもトップに君臨する存在だ。
翔太が言った生稲以上の指し手ということはすなわち、プロ棋士よりも強いということを意味している。
逢妻は自身がプロを目指していた時期もあり、プロ棋士に対しては最大限の敬意を払っている。
生稲はその最たる存在で、彼にとっては生き神のようなものだろう。
「それを証明したいと思います。屋神先生、これからその指し手と対局していただくことは可能でしょうか? 対局料はお支払いいたします」
「なっ!……」
翔太はこの場に屋神がいることを千載一遇のチャンスと捉えた。
逢妻は怒りが更に高まったのか、顔を真っ赤にさせている。
「一体、そいつは誰なんだ? 私が代わりに倒してやる!」
(しまった、ちょっと煽りすぎたか……?)
逢妻はアマチュアの中ではトップクラスの実力だ。
したがって、彼の発言には説得力がある。
(逢妻さんには申し訳ないが、さらに煽らせてもらうか)
「分かりました。こちらの飛車落ちで逢妻さんに勝つことができたら、対局を認めていただけますか?」
「は!?」「えっ!?」
これには屋神も驚いたようだ。
逢妻は屋神との指導対局で角落ちで勝利している。
翔太の申し出はさらにハンデを重くしていることになる。
逢妻はワナワナと震えだした。
「そいつをすぐに呼べ! 叩きのめしてやる!」
「申し訳ありません、その指し手は表に出ることができないため、電話での対局でよろしいでしょうか。私が代わりに指す形になります」
「いいだろう」
「それでは、確認を取りますので少々お待ちください」
翔太はそう言って席を外し、電話をかけた。
***
「もしもし、新田にお願いしたいことがある――そうだな、それでいい。秒読みになったら――」
***
「――お待たせいたしました」
戻ってきた翔太の前では、すでに駒台に駒が並べられていた。
逢妻はやる気にみなぎっているようだ。
「いつでもいいぞ」
「それでは、通話をしながらで申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
かくして、正体不明の指し手と逢妻の対局が始まった。
持ち時間は10分だ。
翔太は携帯電話を片手に☗3四歩と指した。
「7六歩」
翔太は電話の相手に逢妻の指した手を伝えた。
情報伝達のロスがあるため、先手は駒落ち以上のハンデを背負っていることになる。
***
(さすがだな……)
逢妻はプロ棋士との対局経験が豊富なためか、飛車落ちの定跡を巧みに使いこなしていた。
翔太は「必ず勝って、馬鹿げた対局を阻止してやる」――そんな逢妻の気概を感じた。
屋神は二人の対局の様子を興味深そうに眺めていた。




