第287話 試写会2
「ご苦労さま、すごくいい映画だったわ」
姫路は満面の笑顔で言った。
彼女が公的な場でこのような表情をするのは極めて珍しい。
映画館に併設されているレストランでは、映画関係者を集めた立食パーティが開催されていた。
姫路の隣には芦屋という秘書が控えていた。
芦屋は姫路の片腕と呼ばれるほどの傑物で、石動に言わせると将棋でいう飛車のような存在だ。
彼女は翔動が設立したSPC(特別目的会社)に出向し、資金調達面で石動を支えていた。
芦屋は整った容姿をしており、目が細く表情が読みにくいタイプの女性だった。
「スポンサーやロケ地のご協力、本当にありがとうございました」
翔太は霧島プロダクションの立場として礼を述べた。
おそらくプロデューサーの山本や、監督の風間からも同様の礼を受けているだろう。
「こっちは投資した以上のものを回収できているから、またお願いしたいくらいよ。それに……あの約束も果たしてくれそうね」
「は、はぁ」
姫路は映画がヒットすることは間違いないと踏んでいるようだ。
翔太はチラリと美園を窺った。
姫路と美園は何らかの接点があるようだが、今のところ二人が接触した形跡は全く見られなかった。
翔太は映画が売れることと、美園に何らかの関係があるように推測していたが、今の時点では答え合わせはできないようだ。
「それに、あの件についても、芦屋さん共々お世話になりました」
アストラルテレコムが間接的にさくら放送株を取得していたことは機密事項だ。
姫路の最強の持ち駒を一時的にせよ翔動に預けていた彼女の思惑は全く想像がつかなかったが、芦屋が石動の補佐をしてくれたことでオペレーションイージスは成功している。
「そうね、結果的にこっちのほうが儲かっているわね。それにしても、柊くんのところは美味しい話が多いわね」
姫路の発言に、珍しく芦屋が驚いたような表情を見せた。
石動からは芦屋が感情を表に出すことはないと聞いていたため、翔太も芦屋の反応に驚いた。
「きっと、柊くんのことだから、また面白いことを考えているんでしょ?」
「さ、さぁ……どうなんでしょう……」
翔太は思案した。
これからやることにアストラルテレコムを巻き込むべきかどうかは、すぐには判断がつかなかった。
「まぁ、いいわ。石動くんにも一声かけておかないとね」
(ん?)
翔太は二人を見送ろうとしたが、芦屋が音もなく翔太のそばに寄ってきた。
そして、誰にも聞かれないよう、小声で翔太に話しかけた。
「姫路は基本的に人を信用しません」
翔太は危うく「でしょうね」と言いかけるところだった。
それを口にしなくても、芦屋には伝わったようだ。
「その姫路が柊さんのことを全面的に信用しています。これは極めて珍しいことです」
「はぁ、そうですか」
「いずれまたお会いすることになるでしょう。それでは失礼いたします」
芦屋は翔太との会話がなかったかのように、姫路についていった。




