第282話 主役と共演
「私を最強の棋士にして」
「あん? 騎士?」
グレイスビルの会議室で雫石が言い放った内容に、翔太は思わず聞き返していた。
「騎士じゃないわ、将棋の棋士よ! 普通わかるでしょ!」
「囲碁にも棋士がいるわ」
「屁理屈言わないでよ……子供ね」
「ぐぬぬ……」
翔太は中学生になったばかりの子供と同じレベルで争っていることに気づき、落ち込みそうになった。
***
「なるほど、新ドラマですか」
翔太は雫石のマネージャーとなった檜垣から一連の経緯を聞いた。
オペレーションイージスが成功したことにより、雫石の芸能活動は本格的に再開されていた。
彼女は元から人気も実力もあったことから、東郷による圧力が解除された途端に数多のオファーが舞い込んできた。
橘によると、子役によっては成長するにつれて人気がなくなるケースもあるようだが、雫石には当てはまらないようだ。
「ふっふっふ、私が主役なのよ。でも、すごいのはそこじゃないわ」
(十分すごいんだが……)
雫石が出演するドラマは視聴率が最も高い時間帯だ。
多少はこの業界をかじり始めた翔太でも雫石の凄さに感服していた。
なまじ神代という超大物が身近にいるため、翔太の感覚がバグっている可能性もあり、実際には雫石は翔太の想像以上の人物である可能性もありそうだ。
「なんと! くまりーが共演なのよ!」
「いゃ、この場にいるから、さすがに想像できるって……」
雫石にとっては主役を得ることよりも神代のほうが重要なようだ。
普段とは違う雫石の態度に、檜垣はオロオロとしながら翔太と雫石を見比べている。
神代はその様子を微笑ましそうに眺めていた。
(そっか、だから檜垣さんなのか)
翔太は檜垣が雫石のマネージャーになったことにようやく得心した。
神代と雫石は一緒に行動することが多くなるため、神代のマネージャーである檜垣が兼務することが効率がいいのだろう。
また、万が一彼女たちに危険が及んだ場合でも、荒事に強い檜垣であれば対処は可能だと判断されたと思われる。
檜垣を任命した橘のことだから、ほかにも思惑があるのかもしれないが、翔太が考えつく範囲はそこまでだった。
「それで、女流棋士が主演のドラマですか」
「違うわ!」
「へ?」
「天才女流棋士よ!」
「は、話が進まねぇ……」
雫石が演じるのは史上最年少で女流棋士のタイトルを手にするという天才少女だった。
翔太が知っている未来では、若い棋士が活躍しているため、さして珍しい設定ではないが、この時代の状況を考えると斬新と言えるだろう。
「そして、私がライバル役なの」
終始、雫石が喋り続けていたため、神代はようやくここで口を開いた。
彼女はそのことに不満を抱く様子は一切なく、上機嫌だった。
(雫石が復帰できたのが嬉しいのか、共演できるのが嬉しいのか……よくわからん)
神代が演じる女流棋士は、女流棋士のタイトルを独占している最大のライバルという重要な役で、雫石の次に出番が多い。
その絶対王者に超新星の若手女流棋士が挑むという構図のようだ。
「それで、最初の話に戻るんだけど、私たちは最強の棋士になる必要があるの」
ここにきて翔太は雫石の意図を理解した。
彼女も神代と同様に、役作りに関しては一切の妥協を許さない。
女流棋士を演じるからには、実際に本気で将棋に強くなるつもりのようだ。
「話はわかったけど、俺に言う理由は?」
翔太は自分がここに呼ばれたことに皆目見当がつかなかった。
「柊さんならなんとかしてくれるんでしょ?」
神代は何やら確信があるようだ。




