第281話 霧島の思惑
「大変だったようだな」
病室の霧島は病人とは思えないほど顔色がよく、上機嫌だった。
翔太と橘は霧島の見舞いと、一連の経緯を報告していた。
霧島は報道などで断片的な情報を得ていただけで、具体的な話をしたのは今日が初めてだった。
翔太は霧島への報告を行うべきかを橘に問うたところ、橘は「どうせ『お前らに任せる』と言われて終わりですよ。時間の無駄です」と一蹴していた。
事実として、今の霧島の様子は興味津々と話を聞くばかりで、報連相を要求するような素振りは微塵も見せなかった。
(それだけ橘さんを信頼していたってことか……)
翔太は改めて橘の能力と、それを信じて任せていた霧島の豪胆さに感服せざるを得なかった。
霧島プロダクションは霧島が一代で築き上げた業界最大手の芸能事務所だ。
そこに至るまで、相当な困難や苦労があったことは想像に難くない。
その霧島プロダクションの全権を易々と若い橘に預けるというのは、常人には理解し難い判断だろう。
しかも、事務所は競合であるフォーチュンアーツとマスメディアが敵に回った状況だった。
まさに存続の危機にあったといっても過言ではないだろう。
この状況であれば、霧島は多少の無理をしても職責を果たすのではないかと思われた。
もしくは病室から指示を出すことくらいはするだろうとも考えられた。
しかし、霧島は事務所の経営を完全に橘に任せていた。
経過報告がなかったことに対して不満を持つどころか、その状況に満足しているふしすら見られた。
また、翔太の主観では霧島は東郷と何らかの因縁があるように見えたため、霧島は積極的に関与したがるとも思っていた。
(橘さんも東郷と何かありそうなんだよな……だからこそ任せたのか……?)
「何を他人事だと思っているんですか。柊さんもその一人ですよ?」
橘は呆れた表情を浮かべながら言った。
「へっ?」
橘に考えを読まれた翔太は虚をつかれた。
「相変わらずお前らは……まぁ、今回は俺も柊が考えていることがわかったぞ。
よく橘に任せる気になったものだなと思っているんだろ?」
「ま、まぁ……そんなところです」
このところ翔太は刈谷や逢妻など、交渉相手に手の内を読まれないように腐心してきたつもりであったが、この場にいる二人には翔太の考えが筒抜けだったようだ。
「で、橘は柊もいるからこそ、俺が任せたんだと言いたいんだろ?」
「はい」
橘は「本当にわかっていますか?」という疑惑の混じった目線を投げてきた。
「以前も言ったかもしれませんが、私はこの業界はド素人ですよ?」
「でも、お前がいたから何とかなっただろ?」
「そうですね」
断言した霧島に橘が即座に同意し、翔太は反論するタイミングを逸してしまった。
「俺はお前らなら何とかできるだろうと思ってはいたが、結果は期待以上だったぞ」
霧島は予言めいたことを言うことがあるが、その霧島でも今回の結果は想定外だったようだ。
「さくら放送株の件ですね」
「そうだ、ガッツリ稼げたようだな。俺としてはこの場をしのげれば上々だと思っていたんだがな」
橘の発言に霧島は満足げに頷いた。
霧島プロダクションが翔動に出資した資金のほとんどはさくら放送株に回されていた。
これをメトロ放送が高値で買い取ったことで、霧島プロダクションは巨額の利益を得ていた。
「あの、霧島さん……」
翔太はツヤツヤとしている霧島に尋ねた。
「何だ?」
「見たところお元気そうなのですが、退院はいつですか?」
「ケホッ、ケホッ……」
(ウソくさっ!……まさか仮病を使ってまで……いゃいゃいゃいゃいゃまさか……)
霧島に持病があり、入院時の彼の様子は深刻な状態であった。
翔太は自分の脳内に突如沸き起こったあり得ない妄想を打ち消した。
そして、(見るからに元気そうな)霧島は真剣な表情で切り出した。
「それで、雫石の件だが――」




