第280話 劣等感と罪悪感
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エッジスフィアと組んで、さくら放送やメトロ放送を乗っ取るという手段を取らなかったのはなぜですか?
既存メディア――ここではラジオとテレビを指しますが、この既存メディアとインターネットは情報を伝達する意味では同じ役割を持ちます。
この二つが市場原理にもとづいた健全な競争を行うのは問題ないと考えますが、極端な対立構造を生み出すのは社会にとって損失となると考えました
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「はぁ……石動さん、堂々としてかっこいいね」
神代は記者の質問に淀みなく答える石動に感心しているようだ。
「石動には嫌な役を押し付けてしまったけど、何とか様になっているね」
「事前に柊さんと対策を立てたんでしょ?」
「そうだね。だけど、当時の俺だったらあそこまで堂々とできなかったと思う」
翔太はかつて石動景隆だったときのことを思い出していた。
当時はデルタファイブの会社員として日々の業務をこなすのが精一杯だった。
あのときの自分に今の石動と同じように振る舞うのは極めて難しいだろう。
「何? 劣等感?」
「うっ……そうなるのか……」
翔太は神代に指摘されて初めて、自分が感じている感情の正体を知らされた。
「今の石動さんをここまで育てたのは柊さんです。
そこは誇っていいところではないでしょうか」
「そうだよー」
神代は橘の発言に同意しながら、翔太の腕をとって駄々っ子のように揺すっていた。
「自分を追い越した子を持つ親の気持ちってこんな感じなのかなぁ……」
「私は柊さんが優れているところをたくさん知っていますよ?」
「あぁっ! ずるい、私も知ってるよ!」
「あ、ありがとう……今回に関しては石動の功績が大きいので、後でねぎらってやってください」
「それはもちろん。だけど、柊さんも裏でいろいろがんばってくれてたんでしょ?」
「さ、さぁ……」
「川奈さんから聞いたよ。逢妻さんのところに行ってきたってことは、センターピンを倒してきたってことじゃないの?」
「ナンノコトデショウカ」
「とぼけたって無駄だからね。刈谷さんからいろいろ情報取ってきたの私なんだから!」
どうやら神代は刈谷から逢妻が保有している株式の情報まで引き出しているようだ。
「シュナイダーさんには大変お世話になりました」
「私、役に立ってた?」
「そりゃもう……いくら感謝してもし足りないよ」
「えへへ」
神代は翔太の期待以上の働きを見せていた。
刈谷の情報がなければ厳しい交渉になったことは想像に難くない。
「それに、今は罪悪感も感じているんだよ」
「なんで?」
「目立つことが苦手な石動がああやってがんばっているのに、その様子を俺は美女二人を挟んで優雅に眺めているだけだからね」
「「……」」
社長室の空気がしっとりとしたように感じ、翔太は自分の発言を少し後悔した。
社長室には会議と応接に使うためのソファがあり、三人はそこに座っている状態だ。
「び、美女って……本当にそう思っている?」
神代はつややかな視線を向けてきた。
橘は平然としているが、翔太の発言が本音であることに気づいているのか、視線を泳がせていた。
「そ、そりゃ、俺にとっては宇宙一だよ」
「「……」」
どもりながら言う翔太を他所に、神代と橘は何やらアイコンタクトを交わし――
(ちょっ……近っ!)




