第275話 二元交渉2
「株式会社翔動の柊と申します」
柊と名乗った人物は、刈谷が想像していたよりもずっと若かった。
刈谷は秘書の片浜を使って翔動という会社の調査をさせているが、結果が返ってくるのはしばらく先であろう。
それまで刈谷はこの得体のしれない相手と交渉する必要があった。
これは片浜の調査結果を待っていたら、先に船井との交渉をされてしまうためだった。
仮に翔動の持株がエッジスフィアに渡った場合、この時点でさくら放送はエッジスフィアの支配下に置かれることになる。
刈谷としては何としてもこれを阻止する必要があった。
刈谷はこの地位に上り詰めるため、並々ならぬ努力を重ねてきた。
それを船井のような若造に横からかっさらわれ、さらにその船井の下につくことは、刈谷にとっては耐え難いことだった。
その船井を阻止するため、刈谷はありとあらゆる手を尽くしてきた。
この船井さえ潰すことができれば、メトロ放送での刈谷の地位は安泰のはずだった。
そこで急に現れたのが、翔動という聞いたこともない企業だ。
「随分と若いんだな。『柊くん』で構わないか?」
「はい、問題ありません」
「私のことは刈谷で構わない」
「承知いたしました」
目の前にいる柊という人物は泰然としていた。
刈谷を前にした若者は大抵は畏怖するか敬意を示すかのどちらかだった。
しかし、柊の態度は個人商店に商品を納品する業者のような落ち着きようだった。
「石動社長がこの場に来ていないのは?」
「刈谷さんのご想像のとおりです」
「む、そうか……」
石動は船井と交渉をしているのだろう。
先にそちらがまとまってしまうと、刈谷にとっては非常にまずいことになる。
石動の情報が手元にない以上、刈谷は慎重にかつ迅速に柊との交渉をまとめる必要がある。
「本件に関して、私は石動から全権を任されております」
「わかった」
刈谷は内心で安堵しつつも、それを表に出さないように努めた。
一刻を争う交渉の場で、決断できない人物と話す時間はなかった。
故に、刈谷は早々に本題に入ることにした。
「それでは本題に入らせてもらおう。君たちが持っているさくら放送株はどうするつもりだ?」
「いくつかの条件を飲んでいただければ、こちらの持株はすべて御社に譲渡いたします」
(なっ……)
刈谷は柊の返答が自分にとって都合がよいことに驚きつつも、警戒心を高めた。
柊が提示する条件が刈谷にとって飲めるものであれば、船井に対して先手を取れるであろう。
「その条件とは?」




