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第274話 二元交渉1

「知っていると思うが、メトロ放送の刈谷だ」


メトロ放送の社長室には、刈谷のこれまでの功績を称えるようなトロフィーや表彰盾がずらりと並んでいた。

創業者一家の逢妻とは違い、刈谷は叩き上げで社長まで上り詰めている。


翔太はこの社長室の様子を見て、刈谷が今の地位を絶対に手放したくないことを確信した。

マスコミの報道では刈谷が逢妻に対して行ったクーデターばかりが取り上げられているが、それまでに相当な実績を積み上げてきたのだろう。

刈谷の実績については、メトロ放送の社史の編纂を担当している二宮からも聞かされている。

その刈谷の性格からして、これまで積み上げてきた地位には相当な執着があると思われる。

実際に翔太の経験では刈谷は長年の間、メトロ放送に対して権力を有し続けていた。


「株式会社翔動の柊と申します」

名刺を差し出した翔太に対して、刈谷は値踏みするような眼差しを向けていた。


刈谷にとって翔動や翔太はぽっと出てきた存在だ。

事前情報はまったくと言っていいほど持ち合わせていないだろう。


「随分と若いんだな。『柊くん』で構わないか?」

「はい、問題ありません」

「私のことは刈谷で構わない」

「承知いたしました」


(突然さくら放送の大株主としてどんな人物が現れるかと思ったら、若造が出てきて驚いたといったところだろうな)

翔太は刈谷に気取られないように、彼のことを注意深く観察した。

この交渉の前に、翔太は神代から刈谷についてレクチャーを受けていた。

人間観察を得意とする神代は、刈谷の言動をしっかりと観察していた。

翔太は神代ほどの水準には達していないが、刈谷の反応がわかるようになっていた。


「石動社長がこの場に来ていないのは?」

「刈谷さんのご想像のとおりです」

「む、そうか……」


刈谷は石動が船井のところにいると思っているのだろう。

事実として、石動は船井と交渉中だ。


石動がこの場に来ることで、刈谷の心象は良くなるかもしれないが、若造として舐められることに変わりはないだろう。

それならば、石動の身辺調査をされる前に、不気味な存在だと思わせたほうがよいだろうという思惑があった。


「本件に関して、私は石動から全権を任されております」

「わかった」


翔太は言外に「持ち帰って石動と相談することはない」と伝え、刈谷はそれに納得したようだ。


「それでは本題に入らせてもらおう。きみたちが保有しているさくら放送株はどうするつもりだ?」

「いくつかの条件を飲んでいただければ、こちらの持株はすべて御社に譲渡いたします」


刈谷の目の色が変わった。

かくして、オペレーションイージスの成否を分ける交渉が始まった。

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