第273話 不気味な存在
「面会依頼が来ています。株式会社翔動の柊さんというかたです」
「誰だ?……聞いたこともない会社だな」
メトロ放送の社長室はビルの最上階に位置しており、湾岸の景色が一望できる。
このビルはメトロ放送が上場するための理由の一つとして建てられていた。
刈谷は当時筆頭株主であった逢妻の影響力を削ぐために、メトロ放送を上場させた。
メトロ放送の本社ビルは巨額な建設費が必要であり、上場させる理由としてうってつけだった。
この社長室で、刈谷は秘書の片浜の報告に首を傾げた。
片浜は刈谷にとって会う価値のない人物を取り次ぐことは決してしない。
したがって、柊は少なくとも刈谷にとって無視できない人物ということになる。
刈谷は仕事柄、経済界や政界など、幅広い人脈を持っており、国内の主要な法人や個人名は把握しているはずだった。
その刈谷をもってしても、翔動という会社は聞いたこともなかった。
「翔動の社長、石動氏は以前に当局の番組に出演したことがあります」
片浜によると、二宮がメインで動いていたドキュメンタリー番組に出演していたということだった。
しかし、個人商店でもテレビ番組で取り上げることがあるため、それだけでは片浜が取り次ぐ理由にはならないだろう。
刈谷は今、さくら放送株の過半数以上を取得するため、全身全霊を尽くしていた。
シュナイダーのように個人的に会いたい人物を除き、多少大きな案件であったとしても、柊という人物には会うに値しないだろうと考えていた。
「この会社はさくら放送株を10%取得しています」
「なんだって!!??」
刈谷は仰天した。
片浜によれば、翔動はさくら放送株の大量保有報告書を提出しているため、その情報に間違いはなさそうだ。
さくら放送株の筆頭株主はエッジスフィアで、メトロ放送はこれを猛追していた。
そして、北山ファンドの通称で知られるNZアセットマネジメントが10%保有しており、刈谷は北山からこの株式を取得しようと動いているところだった。
この状況の中で、翔動という聞いたこともない会社が、北山に匹敵する株式を保有していることになる。
「その……翔動社がさくら放送の大量保有報告書を提出していたのですが、もう一社ございまして。
その会社の実質支配者が石動氏だと思われます」
「まさか……」
片浜によると石動が保有しているさくら放送の株式は15%を超えることになり、北山を抜き、三番目の大株主となる。
つまり、石動の意向次第では、エッジスフィアに過半数を取らせることも、メトロ放送に過半数を取らせることも可能となる。
今の刈谷にとって、翔動とその社長である石動は最も無視できない存在となった。
「こ、この後の予定はキャンセルだ!」
「承知いたしました」
刈谷は突然現れた存在に不気味さを感じた。
主要企業の情報は刈谷の手中にあり、刈谷のさじ加減一つで大抵の企業はどうにでもできた。
現在はその情報と権力を駆使して敵対的な関係にあるエッジスフィアを潰している最中だ。
しかし、現状ではこの刈谷が全く知らない企業がキャスティングボートを持っている。
これから情報を集めて何かを仕掛けるにしても、その時間はない。
「社長直接が来ないのはどういうことだ?」
「石動社長は船井社長と会っている可能性があります」
「早くその柊という者と面会を取り付けてくれ!」
「しょ、承知いたしました」




