第271話 白川綾華の策略
「以前の石動の申し出を受け入れていただけるということでしょうか」
「その認識で構わない」
翔太の問いに基人は即答した。
石動は以前、基人を相手に出資交渉をしていたがあえなく失敗している。
基人の発言はその前言を翻すということになった。
(つまり、白鳥グループや白鳥銀行の経営方針よりも、姪っ子のほうが重要ってことなんだよな……)
これは基人の独断ではなく、尊人の意向も入っている可能性が考えられた。
「ご出資いただけた場合、刈谷社長に対して一定の交渉力を我々が持つことになりますが、どのようなことを希望されていますか?」
「事実に基づいた公正中立な報道をしてくれれば構わない。これで通じるはずだ」
「承りました」
(要は白鳥グループを貶めるような報道をするなってことだろうな)
「出資をお受けするに当たって、制約条件があればお伺いしたいのですが」
「きみたちの目的は何となく察している。好きなように交渉してくれて構わない」
「ありがとうございます」
オペレーションイージスにとってどうしても埋まらなかった最後のピースが思わぬ形で埋まることになった。
(綾華はここまで読み切っていたか……恐ろしいな……)
翔太は驚愕した。
白川は翔太と石動から得た断片的な情報だけで、ここまでの結果を導いたということになる。
オペレーションイージスにとっては危機的状況であったが、その不利な盤面をひっくり返すほどの一手を繰り出したと言っていいだろう。
しかも、彼女が実際にやったことは兄と一緒に出かけただけである。
この最小限の行為で、日本有数のコングロマリットをいとも簡単に動かしたことになる。
また、単に出かけただけという行為が効果的になっていた。
仮に、白川がおねだりのような形で依頼した場合、それを快く思わない者が出てくるだろう。
今の状況は傍から見ると、周りが勝手に行動を起こしたように見えることがポイントだ。
そして、これは翔太にとっても都合がよい状況だ。
翔太は白川に対して具体的なお願いは何もしていないにもかかわらず、望ましい結果になったからだ。
白川は翔太に恩を着せたり、貸しを作りたくなかったのだろうと推察できる。
白川に対する報道は訂正されることが決まっており、結果的に誰にも迷惑が出ない形となった。
強いて言えば、兄の白鳥が巻き添えを食らったくらいであろう。
(白鳥って、なぜかよく流れ弾が当たるんだよな……)
翔太はかつての同僚のことを思い出した。
ここからは翔太の想像であるが、芸能活動に多忙な白川は黒田を使って情報を集め、メトロ放送を意のままに動かしたと思われる。
これが事実だとすると、黒田は白鳥家ではなく、白川個人に仕えていることが導き出せる。
白川は仕事柄、自分が他人に与える影響力をよく理解していた。
今回の彼女の行動はそれを如実にあらわしていると言っていいだろう。
そして、このことは以前に霧島に指摘されていた自分の欠点でもあった。
(もしや、綾華が狙っているのは白鳥不動産の社長じゃなくて……)
翔太は妄想が頭によぎり、慌ててそれを打ち消した。




