第267話 キャラ設定
「ふっふーん♪」
神代は上機嫌で台場を闊歩していた。
「の、脳がバグる……」
二宮と別れた後も、神代はシュナイダーの姿のままだった。
「別にいいじゃない。どうせ変装しないといけないんだし」
「たしかにそうなんだけど……」
翔太は神代とデートをしていた。
これはシュナイダーに無理をさせた対価として、神代が要求してきたものだった。
(かなり機嫌がよくなってきたし、これで済むなら……)
「あぁっ! 皇さん、私のことチョロいと思ったでしょ?」
「ナンノコトデショウカ……」
シュナイダーは知的で奥ゆかしいキャラ設定だった。
神代はこれを完璧に演じてきたため、今のように感情が大きく揺れ動くシュナイダーを目の当たりにすると、本当にバグりそうだった。
(これはこれで魅力的だから困るんだよな……)
「ねぇっ! 皇さん、アレ乗ろっ!」
神代が指したのは観覧車だった。
***
「うわぁ、でっかいね……」
神代は初めて遊園地に連れて行ってもらった子供のようにはしゃいでいた。
刈谷や船井が今の彼女を見てもシュナイダーだとは気づかないだろう。
何となく、神代は幼少期に遊園地に連れて行ってもらったことがないのだろうと思われた。
翔太は神代の子供時代について、子役をしていたということしか知らなかった。
「ロンドンアイができるまでは世界最大だったからね」
「短い天下だったね」
「この観覧車はなくなってしまうんだよ」
「えっ! ウソっ!?」
「当分先だけどね」
「そっか、ならよかった……何でなくなっちゃうの?」
「定期借地権の期限切れとか、再開発とか複合的な要因があるんだけど……」
翔太はパンデミックの影響があったことまでは言えなかった。
神代は翔太が言いよどんだことについては気にしない態度を取ってくれた。
「柊さんが初めての男の人なんだよ?」
「ちょ……言い方……端折りすぎ」
神代は上目遣いで色っぽく言ったことで翔太は真っ赤になった。
(これは俺の反応を見て楽しんでいるやつだ)
「でも、今日でよかったの?」
今、二人は僅かに空いた時間を捻出している。
「いいよ、次の休みなんていつになるかわからないし」
神代はテレビの仕事が減ったとはいえ、多忙であることに変わりはなかった。
翔太といられる時間はごくわずかだ。
「関係者になった以上、労働環境の改善には取り組まないといけないな」
以前に電話では冗談で言われたが、芸能事務所は激務であることは事実だった。
「あのねぇ、柊さん」
「何?」
「昨日寝たのは何時?」
「日付が変わるくらいかな?」
「ウソ、橘さんと午前2時まではいたでしょ?」
神代はじとーっとした目で翔太を見つめている。
「起きたのは?」
「ろ……8時くらい」
「いいよ、サバを読まなくて。一昨日は?」
「うっ……」
ここに来て翔太は神代が自分自身のためではなく、翔太のために今日のデートを希望したことに思い至った。
「それよりさ、柊さん」
「な……何?」
広いゴンドラにもかかわらず、神代は翔太に詰め寄ってきた。
「ここなら、誰もいないよね?」
翔太は神代が言いたいことを理解した。
これまでは監視の目があっため、デートというには異論もありそうだ。
(遠巻きには見られている気もするけど……)
「グヘヘ……お嬢ちゃん、観念しな。ここなら逃げも隠れもできねぇぜ……」
「ちょっ……キャラ設定……」




