第265話 お手上げ
「どうすっかなぁ……」
グレイスビルの休憩室で翔太はぐったりしていた。
初めてここに来たときはおっかなびっくりだったものの、今となっては勝手知ったる他人の家だ。
当初はこの休憩室だけが入室可能エリアだったが、今はどこにでも出入りできるようになった。
翔太はグレイスビル内のジムでトレーニングをした後シャワーを浴びて寛いでいた。
翔太は答えがでない難問について思考を張り巡らせていた。
エッジスフィアの船井にせよ、メトロ放送の刈谷にせよ、彼らに自分たちの要求を飲ませるためには膨大な資金が必要だ。
「何をどうするんですか?」
「うわぁっ!」
誰もいないと思って無防備になっていたところで、白川に声をかけられた。
相変わらず気配を感じさせずに近寄ってくるため、心臓に悪い。
(いつもこのパターンなんだよな……)
白川はいつも、翔太が一人のときを狙って声をかけてくる。
最初は偶然と思っていたが、毎回これだとさすがに偶然では済まないだろう。
翔太が一人でいるときを狙うためには協力者が必要で、その協力者には心当たりがあった。
白川は翔太が座っているソファーの隣に行儀よく座った。
心なしか距離が近い気がするが、咎めるほどのではないほどの絶妙な近さだった。
(シャワーを浴びておいてよかった……)
トレーニング後の疲労でだらけて座っていた翔太は座り直した。
「えっと、石動から話を聞いているんだっけ?」
「はい、伺っております。NDAにも署名しました」
白川は石動と遭遇したとき、NDA(秘密保持契約)にサインしてまで、翔動がさくら放送株取得に動いている話を聞き出していた。 ※1
この時、父の詮人が同行していたため、白鳥不動産関連の仕事で動いていたのだろうと思われる。
石動によると、詮人の後押しもあって石動が事情を打ち明けるようになったという。
(本当に綾華を後継者にするつもりなのかな……)
「端的に言うと、さくら放送株を買い集めるための資金を集める必要があるんだ」
「石動さんが動いている案件ですね」
石動は白鳥銀行からの資金調達の交渉をした帰りに白川と偶然会ったようだ。
この交渉はあえなく失敗し、資金不足の状態が続いている。
「その資金が足りないままだと、どうなるのでしょうか?」
「エッジスフィアとメトロ放送に対する交渉力がなくなるんだ」
「それが霧島プロダクションにとって悪い結果をもたらすのですね」
「まぁ、そういうことだ」
翔太も石動も、白川には東郷の具体的な目的を伝えていない。
にもかかわらず、彼女は現在の状況を的確に推察しているようだ。
「柊さんの会社にとっても痛手になるのでしょうか?」
「うーん……いまの持ち株はTOBに応じれば損をすることはないけれど、キリプロとは資本提携したこともあって一蓮托生な状況ではある」
「つまり、交渉力を持てるほどさくら放送株を取得する資金があれば問題は解決するということですね」
「そうなるんだけど……」
実際にはその資金が問題であった。
石動はかなりがんばっているが、現状では100億円規模の資金調達が必要となっている。
「状況は分かりました」
「へ?」
白川は用が済んだと言わんばかりに、颯爽と去っていった。
※1 俺と俺で現世の覇権をとりにいく 168話 https://ncode.syosetu.com/n7115kp/168/




