第260話 打算
「いやー、楽しみだなー。女子アナとの合コン」
「合コンじゃねーよ……てか似たようなもんだけどな」
長町が出演している歌番組の収録現場では、インフィニティスターズのメンバーが雑談をしていた。
(たしか、田無と久米川だったかな)
翔太は霧島プロダクションの役員になってからは、商売敵の顔と名前をできるだけ覚えるようにしていた。
狭山がこの場にいたら気まずいので立ち去ろうと思っていたが、どうやらメンバー全員が常に一緒に行動しているわけではなさそうだ。
「平塚さんも話がわかるよなー。ずばり俺好みの女子アナをチョイスしてくれるなんて」
「円香ちゃんは俺が狙っているんだからな。手を出すなよ」
「わかっているよ。それに――」
(メトロ放送はこの頃からこんなことをやっていたのか……)
翔太は遠い先の未来で、メトロ放送が女性アナウンサーを使って接待をしていたことが明るみになり、大問題になったことを知っている。
この時、メトロ放送は株主からの圧力もあり、接待の実態について第三者機関による調査を行っていた。
しかし、調査報告の中にはこの時代までは含まれていなかった。
漏れ聞いた話の内容を整理すると、メトロ放送は自局の女性アナウンサーを使ってインフィニティスターズのメンバーを接待しようとしているようだ。
平塚はメトロ放送の編成部長でかなり強い権限を持っているため、女性アナウンサーたちはこれを断ることができないと思われる。
田無は二宮にかなりご執心で、彼女に対して強くアプローチしていくつもりのようだ。
奇しくも盗み聞きという形で、メトロ放送がフォーチュンアーツのタレントを優遇している裏付けが取れた。
(助ける義理は全くないけど、二宮さんだけはなんとかしてみるか……)
二宮は田無のようなタイプになびく印象はなかったため、この接待は本意ではないことが想像できる。
翔太の知人の中で、二宮はメトロ放送社長の刈谷と接触ができる数少ない人物だ。
彼女に恩を売っておくことで、今後刈谷の情報が得やすくなると翔太は考えた。
***
「なに? 柊さん?」
「急にごめん、怒ってる?」
電話に出た神代は少し機嫌が悪いようだ。
「だって、こっちの携帯にかけてきたってことは」
「シュナイダーさんにお願いがあるんだ」
「むぅ」
翔太は神代がぷんすかと膨れている顔を想像した。
神代は携帯電話を二台持っている。
一つはシュナイダー透子名義の携帯電話だ。
電話越しに話しているため、声色は神代そのままだった。
「シュナイダーさんは働き詰めでーす。職場環境改善を要求しまーす」
シュナイダーには刈谷の動向に加えて、船井の動向も追ってもらっていた。 ※1
シュナイダーはうまく二人の間を立ち回り、重要な情報を掴んでいる。
双方の情報を握っているシュナイダーは、刈谷にとっても船井にとっても貴重な情報源となっていた。
その裏で翔太はシュナイダーを通じて、刈谷と船井に選定した情報を少しずつ流し、両者の力関係が膠着するように誘導していた。
翔太は橘から神代を動かす許可を得ているが、かなり無理をさせている自覚があった。
「俺にできることなら」
「言ったからね! 言質取ったからね!」
(なんか急に機嫌がよくなったぞ)
翔太は神代が何を要求してくるか不安であったが、背に腹は変えられなかった。
「今晩、二宮さんがピンチになるかもしれない。
もしそうなったら、刈谷さんが二宮さんを呼び出す口実を作ってほしいんだ」
「ええっ!」
対価を要求された翔太は遠慮なく無茶振りした。
※1 「俺と俺で現世の覇権をとりにいく」 186話 https://ncode.syosetu.com/n7115kp/186/




