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第259話 接待

「円香ちゃんさぁ、もっとこっちおいでよ」

田無(たなし)は二宮の腕をつかみながら、言い寄っていた。


田無はインフィニティスターズのメンバーの一人だ。


個人経営のイタリアンでインフィニティスターズの面々はメトロ放送の若手女性アナウンサーの接待を受けていた。

二宮はその接待要員の中の一人だ。


(帰りたい……)

この接待は室長から半ば業務命令のような形で行われており、二宮をはじめとした女性アナウンサーたちは断ることができない状況にあった。


このような接待を強要することは明らかにハラスメントに該当するが、この時代はコンプライアンスが緩く、特にメトロ放送ではこのような場で難色を示すと『ノリが悪い』と非難の対象となってしまう。


女性アナウンサーの中にはこれを機にタレントと親しくなりたいという者もいたが、二宮はとてもそんな気分にはなれず、隣に座っている田無に対しては忌避感しか感じなかった。


彼女は幼少のころから成績がよかったこともあり、容姿よりも知性を重視する傾向にあった。

(そう、今だったら――)

胸中にとある人物が浮かび上がり、慌てて振り払った。


「俺、キャンピングカーを買ったんだよね。円香ちゃん、キャンプには興味ない?」

「私は虫が苦手なので……」

「じゃあさ、海辺のキャンプ場なんかいいんじゃないかな? いいところがあるんだよ」


田無は二宮の水着姿を想像したのか、テレビでは見せないような表情をしていた。


二宮は幼少のころからモテていたため、男性のあしらい方には慣れていた。

過去に何人の男性を振ったのか数えるのが不可能なほどだ。


しかし、その二宮でも仕事の場合は勝手が違っていた。

上司の命令でこの席にいる以上、インフィニティスターズの不興を買ってしまったら、アナウンサーとしてのキャリアに傷がつくだろう。


過去にも女性アナウンサーがタレントの接待をしたという話は耳にしたことがあるが、ここまで大掛かりなものは聞いたことがなかった。

今回の件は室長から指示されたものだが、実際には編成部長も関与しているとの噂が同僚の間で広まっていた。

それほどメトロ放送がインフィニティスターズあるいはフォーチュンアーツに対して便宜を図る理由があるのだろうと考え始めた。


(タイミング的にはエッジスフィアによる買収と関係がありそうだけど、でも――)

「ちょっと! 円香ちゃん、俺の話聞いてる?」

(しまった)


二宮が考え事をしている間に、どうやら田無の機嫌を損ねたようだ。

(だ、誰か助けて……)

このレストランはメトロ放送がよく貸し切りで接待に使われている店だと聞いている。

また、この店は個人経営でメトロ放送から出資を受けているという噂もある。

つまり、ここから先、田無がどのようなことをしても咎めるものはどこにもいない。


(ん、メール?)

バイブレーションモードにしていた二宮の携帯電話にメールが届いていた。

差出人の名前を見て二宮は驚いた。


─────

皇> この場を抜け出したいですか?

イエスだったら「y」、ノーだったら「n」とだけ返信ください

─────


藁にも縋りたい二宮は「y」と送信した。

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