第256話 新人声優
「えっ? 柊さんなんですか!?」
長町から正体を聞かされた大河原は目を丸くして驚いていた。
「石動じゃなくて、ごめんね」
「わわわっ、私は……べ、別にそんなつもりじゃ……」
大河原は顔を真っ赤にしたことを自覚したのか、パタパタと手で顔を扇いでいた。
(何だこのかわいい生き物は。石動、ばくはつしろ)
大河原菜月は霧島プロダクション所属の声優だ。
とあるきっかけ ※1 で、当時高校生だった大河原の才能を石動が見出し、声優として活動することになった。
熊本の高校生であった大河原を石動が全面的にサポートしたことで、今では新人声優の中でも一番人気まで上り詰めた。
当時はあどけなく素朴な印象の大河原だったが、今目の前にいる少女はアイドルグループの中に紛れても全く違和感がないほどだ。
大河原が石動に恋していることは間違いなさそうだが、彼女が未成年の間は石動がそれに応えることは絶対にないことを翔太はよく理解しており、勝手ながら同情を感じていた。
そして、翔太は石動が自分(翔太)が石動景隆であったころとは異なる人生を歩み始めたことを実感するとともに、複雑な心境になった。
(きっと、鷹山がライバルになるんだろうな……鷺沼さんは……まぁいいか)
「皇さん、おはようございます」
「船岡さん、お久しぶりです」
船岡は新人の声優を担当しているマネージャーだ。
彼女は大河原が声優としてデビューする前から、石動と一緒に大河原をサポートしていた。
短く切りそろえられた髪型と動きやすい服装が彼女の快活さを表していた。
石動からはかなり優秀なマネージャーだと聞いている。
(下手したら彼女も大河原さんのライバルになるかもしれないんだよなぁ、石動に対してその気になるとは思えないけど……)
***
「マネージャーのお仕事はどうですか?」
船岡は翔太に尋ねた。
「思ったより臨機応変に対応しないといけないことがあって、大変ですね」
長町と大河原が収録をしている間、翔太は船岡と情報を共有していた。
「橘さんの仕事ぶりを見ているなら、マネージャーの業務は理解されているのかと」
「あの人は規格外ですから」
「なるほど、わかります」
翔太は霧島プロダクションの業務改革の一環として、マネージャーの業務を把握しようとしている。
そのために今日はマネージャーの真似事をしているが、船岡が言ったように、橘の仕事ぶりを見ていればある程度は理解できるはずだった。
しかし、橘がありとあらゆる仕事を素早く完璧にこなしてしまうため、翔太からは業務の問題点が捉えきれていない状況にあった。
「美優の次の予定は何ですか?」
「歌番組の収録です」
翔太の返答を聞いて、船岡は少し考え込んで言った。
「このところ、インフィニティスターズの露出が異常に増えています。
ちょっと気をつけたほうがよいかもしれません」
船岡の発言に翔太も思うところがあった。
(もしかして、橘さんが気にしていたのは……)
※1 「俺と俺で現世の覇権をとりにいく」 38話 https://ncode.syosetu.com/n7115kp/38/




