第254話 恋バナ
「まさか柊くんがお偉いさんになるなんて、夢にも思わなかったよ」
グレイスビルのドレッシングルームで、翔太は皇になるべく榎からメイクを施されていた。
翔太は自分でも皇になることができるが、公の場に出るときはできるだけ三人(椚、榎、桂)の手を借りるように橘から指示を受けていた。
対外的には霧島プロダクションの非常勤取締役は皇ということになっているため、翔太は霧島プロダクションとして外で活動するときは毎回変装している。
目の前の鏡には皇の姿がほぼ完成した状態で映っており、当初は別人にしか思えなかったが、今となっては見慣れた姿だ。
(そういえば、柊翔太に慣れるのにも時間がかかったな……)
以前の肉体とは年齢が離れていたこともあり、柊翔太の肉体が自分の体であることを認識するのにそれなりに時間がかかった。
もし性別が違う肉体に憑依していたら、自分の自我が保てる自信はなかった。
「霧島さんが戻ってくるまでの臨時職ですよ」
オペレーションイージスにとって都合がよいとはいえ、翔太は分不相応な役職から開放されたかった。
「臨時かどうかわからないわよ。柊くんは霧島社長のお気に入りなんだから」
榎は翔太の顔を念入りにチェックしながら触っている。
ごく近くに榎の顔があり、傍から見たら誤解されてもおかしくない状況だ。
「こんなことなら、早く唾を付けておけばよかったぜ」
桂は翔太の髪型を整えながらしみじみと言った。
(なんか接触回数が多くないか?)
桂は必要以上に翔太の頭をペタペタと触っていた。
ヘアメイクの桂は言葉遣いは男っぽいがれっきとした女性だ。
この発言から、恋愛対象は男性のようだ。
「もう、柊くんはくまりーのものなんだから諦めなさい」
この場で唯一翔太に触れていないスタイリストの椚が二人を諭した。
ワイドショー番組で言われているように、神代が狭山と関係があるとは微塵も思っていないようだ。
「えっ? そうなんですか?」
「「「違うの!?」」」
三人が同時に大声を上げたため、翔太の耳はキーンと鳴った。
特に榎と桂はごく至近距離にいる。
「そういえば、麗ちゃんというライバルがいたわね」
「しらーやも強力な対抗馬だぞ」
「いやー、案外今日デートするみうみうが大穴かもよ」
(俺は柊くんで全然構わないけど、社長代行は麗ちゃんでいいのか……?)
女性が三名そろうと姦しいと言われるが、翔太はまさにそれを実感していた。
「デートじゃないですよ」
翔太は無駄だとは思いつつ、せめてもの抵抗を試みた。
「なんだっけ? 一日マネージャー?」
「ちゃんとわかってるじゃないですか」
橘と違い、翔太には役員であることの威厳はこれっぽっちもなかった。
(まぁ、柄じゃないからそのほうがいいんだけど……)
長町は船井を自分の番組のゲストとして出演させる代わりに、翔太を一日自由にする権利を要求していた。
どこかで聞いたことがあるような権利だったが、長町は独自の情報網を持っている可能性がありそうだ。
槻木がスケジュールを確認したところ、当面の間、長町に休みはなかった。
これはこれで同情するものがあるが、待ちきれない長町は仕事の同行者として翔太を連れて行くことで妥協した。
「それで、みうみうにはワンチャンあるの?」
恋バナ好きの女性陣の追及は長町が飛び込んでくるまで止まなかった。




