第253話 潮目
「どう思いますか?」
長町の控室で、橘は翔太に船井の発言の真偽を尋ねた。
長町は番組スタッフと打ち合わせをしており、翔太と橘は長町を待っていた。
「リップサービスもあると思いますが、本気で言っているように見えました」
「ふむ、そうですか」
翔太の発言に納得したのか、橘は顎に手を当てながら考え込んでいた。
番組中の船井の発言は、テレビやラジオなどの既存メディアに対して肯定的に捉えた上で、もっとよくなる方法を提示する趣旨で一貫していた。
一連の船井の発言は、急激な変化を好まないリスナーにとって、緩衝材になったといっていいだろう。
「柊さんの時の船井社長はどうだったのですか?」
「もう少し、既存メディアに対して挑戦的な発言が多かったですね」
「そうなると、美優の番組に出演したことで、少し方針転換をした可能性はありますね」
翔太が知る船井は世間で言う『乗っ取り屋』のイメージが浸透していた。
そのことで刈谷を筆頭に多くの敵を作り、社会的にも法的にも制裁を受けることになった。
船井をこの番組に出演させたのは、この未来を避ける目的もあったため、船井の発言が本心であればその目的に向かいつつあると言っていいだろう。
しかし、翔太は橘が深く考え込んでいることが気になった。
彼女には翔太とは別の考えがあるように見えた。
翔太は橘の真意を探るべくその美しい顔に目を向けたところで――
「お待たせしまし――あら? 二人だけ?」
「こら、いくら自分の部屋だからってノックくらいしなさい」
長町は槻木に窘められていることを気にも留めていないようだ。
(相変わらず苦労しているな……)
部屋に入ってきた長町はご機嫌だったが、翔太と橘を見た途端に表情を変えた。
(何が不満なんだ?)
「石動は船井さんと話があるので、よろしくお伝えくださいとの伝言を預かっています」
「あら、残念」
たとえ社交辞令にしても、長町にそう言わせられる人物は限られている。
長町にとって、石動はそれなりの存在感があるようだ。
「それで、私は柊さんのお役に立てました?」
さっきまで少し不機嫌な表情をしていた長町は、一転して翔太をキラキラとした目で見つめてきた。
その彼女には、今しがた史上最高聴取率を叩き出した仕事をやり切ってきたオーラが漂っていた。
(ち、近い……)
翔太はなんとなくこの場に神代がいないことで、命拾いしたような気がした。
「ありがとうございます。これ以上ないくらいよくやってくれました」
「ほんとですか!?」
あろうことか、長町は翔太の手を両手で握り込んできた。
(ちょ……止めて!)
翔太は槻木に視線を投げて助けを求めたが、『諦めてください』といった表情で返された。
そして、橘をうかがうと――
(あー……『うまくあしらってくださいね』って言っている顔だ……)
***
「あの小僧……勝手なことを」
船井が出演した長町のラジオ番組を聞いていた男は、苦虫を噛み潰すような表情で言い放った。




