第249話 瀬戸際の均衡
「本当に新株予約権の発行が発表されたね」
霧島プロダクションの社長室で、神代は記者会見のライブ中継を観ながら言った。
さくら放送の社長、函南とメトロ放送の社長、刈谷は共同記者会見を行っていた。
この記者会見では、さくら放送がメトロ放送へ新株予約権を発行することが発表されている。
「梨花さんの情報どおりだね」
翔太はシュナイダー透子に扮した神代の報告を受けていた。
刈谷はシュナイダーにさくら放送による新株予約権発行の可能性を示唆したものの、明言はしていなかった。
しかし、神代は刈谷の表情を注意深く観察しており、これが間違いなく実行される確信を得たようだ。
翔太は神代の洞察力が確かであるという前提でプランを考えている。
それほど神代のことを信じていた。
「元は柊さんの情報なんだけどね」
シュナイダーには翔太が経験した情報をもとに、刈谷のことを探らせていた。
「それでもお手柄だよ」
新株予約権の発行を翔太は経験していたが、東郷率いるフォーチュンアーツという不確定要素が加わっているため、念のため裏を取っておきたかった。
加えて、彼女が持ち帰った情報は新株予約権の件のほかに有力なものが多かった。
その点において、神代は完璧な仕事をしたと言える。
神代は「えへへ」と言って喜んでいるようだ。
(いちいち可愛くて困るな……)
「しかし、オペレーションイージスにとっては危機ではないですか?」
橘の発言はもっともだ。
発表された内容によれば、発行済株式総数の約1.4倍に相当する株式が発行される。
「このままだとメトロ放送が筆頭株主になってしまうってことね」
神代は状況をよく把握していた。
メトロ放送が新規に発行された株式を取得すると、現在筆頭株主であるエッジスフィアの株数を上回る。
「こちら側の議決権が希釈することも問題ですね」
橘も神代と同様に状況を理解していた。
新株が発行されると、翔動の保有比率は低下し、交渉力を失うことになる。
この場合、刈谷によるエッジスフィア潰しを阻止するという目的を果たせなくなる。
加えて、これまでにさくら放送に投資した巨額の資金が無駄になる可能性もある。
「そこは船井さんが対策を取るので、なんとかなると思います」
「そうなんだ」「ふむ」
(へ?)
神代と橘は翔太の一言だけで納得したようだ。
「反応、それだけ?」
「だって、なんとかなっちゃうんでしょ?」
「でも、絶対じゃないよ?」
翔太はこの先に起こることを知っているが、東郷のような未知の要素が加わったことで、未来はより不確定なものとなったといえるだろう。
しかし、新株予約権については刈谷の思惑通りにはいかないだろうと考えていた。
「柊さんが、なんとかなると思っているんでしょ?」
「まぁ、そうだけど……」
「じゃあ、大丈夫だよ」「そうですね」
(ええっ?)
翔太は神代と橘が自分に絶対的な信頼感を寄せてくれるのは嬉しいと思う反面、その根拠がどこから来るのかが謎だった。
「それで、船井さんに対する刈谷さんの心象はどうだったの?」
「表には出さないようにしてたみたいだけど、相当頭にきているみたいだよ」
翔太はシュナイダーに新株予約権のこと以外にも、色々と探ってもらうよう依頼していた。
その一つが、船井に対する刈谷のスタンスだ。
話を聞くところだと、刈谷はエッジスフィアを潰す方針に変わりがないようだ。
「今、和解されても困るけど、対立が激しくなりすぎるのも問題だなぁ」
刈谷は自局のリソースを駆使してエッジスフィアと船井に対してネガティブキャンペーンを展開していくだろう。
そして、業界のイメージが毀損するとともに、船井のような優れた起業家を生み出す土壌が失われてしまうだろう。
「そうですね……さくら放送を使いますか」
橘には策があるようだ。




