第248話 核心
「一連の買収騒動はドイツでも話題になっております」
メトロ放送の社長室で、シュナイダーはメモを取りながら刈谷の話を聞いていた。
個別の取材を一切受け付けない刈谷が、シュナイダーの単独取材を受けた理由は二つあった。
一つは国内のメディアから自分の発言が歪曲されて報道される可能性が低いことだ。
刈谷は日本の報道機関が都合のいい部分だけを切り取って報道することをよく知っていた。
直近では自局でも神代の写真を都合よく切り取り、独占スクープとした。
これまでスキャンダルがなかった神代の熱愛報道は高い視聴率を叩き出した。
刈谷はこの結果には満足しているが、同様のことを自分がされる可能性は十分にある。
その一方で、ドイツで報道された内容が国内の世論に影響することはほとんどないと考えていいだろう。
もう一つは刈谷自身がシュナイダー個人に対して大きな執着を持っていることだ。
もしシュナイダーがメトロ放送に入局すれば、今や看板アナウンサーとも言える二宮を凌ぐほどの人気になるだろう。
その彼女に便宜を図ることで、個人的に距離を縮めたいと刈谷は考えていた。
「私は負けるつもりは全くないよ。いくつか手を考えている」
記者会見の場では殊勝な態度を取っていた刈谷だったが、シュナイダー相手には饒舌に語っていた。
彼女の目には引き込まれるような不思議な魅力があり、それが刈谷の気分を高揚させていた。
「さくら放送から新株予約権を発行させることをお考えですか?」
「――っ!」
シュナイダーによる想定外の発言に刈谷は驚いた。
新株予約権とは、あらかじめ決められた金額や条件で株式会社の株式を取得できる権利を指す。
新株を発行することで、エッジスフィアの持株比率を大きく低下させる効果がある。
これは刈谷が密かに考えていた対策の一つであり、記者会見の場では新株予約権について触れる記者は誰もいなかった。
「確かに有効な手の一つではあるな」
「私は憶測で記事を書くことはありませんので、ご安心ください」
「そうか」
シュナイダーは刈谷をまっすぐに見据えている。
刈谷は核心を突かれたことに気づかれないよう、気をつけた。
「北山さんからの接触はありましたか?」
「い、いや……特にはないな」
刈谷は再びシュナイダーに驚かされた。
NZアセットマネジメント――通称、北山ファンドは投資顧問会社グループだ。
北山はアクティビストとして知られており、船井が大量取得する前は北山が率いるNZアセットマネジメントがさくら放送の筆頭株主だった。
記者会見の場では船井との対立構造をあおるような質問ばかりで、北山の動向に関する質問が来ることはほとんどなかった。
これには国内メディアの質の低下を感じたが、刈谷にとっては都合がよかった。
しかし、シュナイダーの質問はどれも重要で核心を突くものだった。
(いったい、何者なんだ……?)
刈谷はシュナイダーに対する好奇心を抑えきれなかった。




