第246話 敵対的買収
「もう詰んでますから」
船井は記者会見の場で、意気揚々と言った。
記者会見の会場には多くの報道陣が集まり、カメラのフラッシュが瞬き、ざわめきが起こっていた。
船井はポロシャツにチノパンというカジュアルな出で立ちで、会見に臨んでいた。
この時代、公式な場においてはスーツ姿が一般常識であったが、船井の格好は従来のビジネススタイルを真っ向から否定するものだった。
従来の型にとらわれない彼の表情は自信に満ちており、この振る舞いだけでも世間の注目を集めるのに十分だった。
***
「始まってしまったかぁ」
霧島プロダクションの社長室で、翔太はテレビの中継を眺めていた。
エッジスフィアがさくら放送株を30%取得したことを受けて、船井は記者会見を開いていた。
その様子は全国に生中継されている。
「柊さんの経験と同じ内容ですか?」
橘は真剣な表情でテレビを見つめながら、翔太に尋ねた。
「そうですね、タイミングは早いですが、私が知っている内容とほぼ同じです。少しほっとしました」
「早く仕掛けたら困るんじゃないの?」
神代は映画『ユニコーン』で企業買収のシーンを演じていることから、船井の会見の内容をしっかり理解していた。
翔太と石動は船井のさくら放送買収を阻止するための株数をまだ確保していない。
オペレーションイージスとしては、万全の準備が整ってから、船井が動くことが理想の展開であった。
「タイミングとしてはそうなんだけど、この時点で船井さんが株を半数確保していたら、本当に詰んでいたんだよ」
「ってことは、船井さんが『もう詰んでますから』と言ったのは?」
「うん、実際にはまだ詰んでいないはず」
「はぁ、よかったぁ」
神代は船井の自信満々の表情に不安になっていたようだが、今はそんな素振りは微塵も見られなかった。
(俺を信用し過ぎじゃないか?)
「おさらいになるけど、もしこのまま船井さんがさくら放送の株を過半数取得したら、メトロ放送を支配できるってことで合っている?」
「そうだね。さくら放送はメトロ放送の親会社なので」
「親会社なのに、時価総額はさくら放送の方が全然小さくて、それを船井さんが目をつけたってことね」
神代は船井の一挙手一投足を観察していた。
自分の演じた起業家役と船井の振る舞いを見比べているのだろう。
(ここまでくると、もはや職業病だな)
「この後の動きはどうなるんですか?」
「メトロ放送がさくら放送に対してTOBを発表することになります」
TOBとは株式公開買付けのことで、不特定多数の株主から株式市場外で株式などを買い集める制度のことだ。
刈谷を筆頭としたメトロ放送も、さくら放送も船井による買収を快く思っていない。
したがって、メトロ放送がエッジスフィアによる買収を阻止する動きが想定される。
エッジスフィアとフォーチュンアーツの資本提携という翔太にとって不確定な要素はあったが、この動きは避けられないと翔太は踏んでいた。
それほどまでに、船井に対する刈谷の敵対心は強かったのだ。
「これからさくら放送の株を巡って、エッジスフィアとメトロ放送の戦いが始まるってことね」
「そこに俺たちが割って入ることになる、当分は秘密裏に動くことになるけど」
「すごいね、映画みたい……ううん、映画よりすごい展開かも」
船井が勝利すると霧島プロダクションは窮地に陥ってしまうが、神代は前向きだった。
「私は何をすればいいの?」
「シュナイダーさんにお願いしたいことが――」
これから世間では、船井と刈谷の戦いが大々的に報道されることになる一方、オペレーションイージスは密かに動き続けていた。




