第243話 活路
「勝った」
逢妻の声は聞き取れないほど小さかったが、翔太の耳にはそう聞こえた。
ここは☖同金の一手しかないので、翔太はすぐに飛車を取った。
翔太は時間を残しているのに対し、逢妻は一分将棋の状態だ。
☗5四歩と玉頭の歩を取り込んだ逢妻の手つきは自信満々だった。
☖同銀と応じた翔太に、逢妻は☗3一角と指した。
翔太にとっては厳しい一手で、逢妻の狙いどおりだ。
翔太は☖5三歩と応じるが、局面は先手優勢と言えるだろう。
逢妻は追撃の手を緩めず、【☗4四金☖7三飛☗6四桂☖6二玉☗5四金】と続いていく。
(大丈夫だ、まだ時間はある)
翔太は内心自分に言い聞かせながら、☖8九飛と反撃した。
しかし、逢妻にとっては想定内なのか、直ちに☗7九桂と受ける。
もし、☗7九銀であれば、翔太が逆転していたところだ。
逢妻は冷静で、今のところ持ち時間の差による優位性が活かされていない。
翔太は自玉が危険な状態であることを承知のうえで、☖7七歩成と攻め続け、【☗同歩☖8八銀☗同金☖同飛成】と攻めは続いたが、ここで逢妻に手番が回った。
逢妻は悠然と☗2二角成と指し、金を取った。 ※1
ここでは☗7四銀という絶妙手もあったが、一分将棋では指せないというのが対局後の感想だった。
翔太は☖7八金と攻め、逢妻は颯爽と☗5九玉と逃げる。
逢妻は自玉が詰まないことを読み切っているようだ。
☗6三銀からの詰めろ(次に何もしなければ詰ませられる状態)が見えているため、翔太は☖5四歩と金を取った。
「皇くんと言ったかな。きみはよくがんばったよ」
逢妻は☗4四馬と引きながら言った。
その表情には余裕が見えていた。
この4四にいる馬は、翔太の後手玉を攻めると同時に、逢妻の先手玉を守る攻防の要に位置している。
翔太はこの馬さえいなければ、先手玉を詰ます手順があると読んでいたが、それは逢妻も同様だった。
逢妻は自玉の安全を確保しつつ、相手玉を詰ます手順を読んでいたのだ。
翔太は☖6三玉と必死に逃げるが、☗5二銀と迫られ、☖7四玉と逃げる。
「ほう」
逢妻は感心していた。
☖6四玉と逃げていれば、☗6三金で危なかったのだ。
逢妻は「パシーン」と駒音を立て、☗6三金と指した。 ※2
飛車取りをかけつつも、☗7三金以下の詰めろである。
逢妻は自分の勝利を確信しているようだ。
(考えろ考えろ考えろ考えろ……)
☖同飛と金を取ってしまうと、☗同銀不成☖同玉☗5三飛で翔太の負けだ。
かといって、☖7九龍と先手玉を詰ましにいっても、最終的には4四馬がいることで、先手玉を詰ますことはできない。
翔太はガリガリと後頭部をかきながら残り時間のすべてを使って考えていた。
一方、逢妻は翔太の投了を待っていた。
ここから巻き返す手段はないと思っているのだろう。
(4四馬……コイツさえいなければ……)
翔太は大きく貯金をしていた時間をすべて使い切った。
ここから先は逢妻と同様に一分以内に指す必要がある。
(4四馬……そうか!)
翔太は☖7一飛とあえて4四馬が利いているところに飛車を引いた。 ※3
※1 局面図: https://x.com/kurumi_baker/status/1939214177970909569
※2 局面図: https://x.com/kurumi_baker/status/1939214764171047056
※3 局面図: https://x.com/kurumi_baker/status/1939215165620396176




