第24話 オフ * 3
「――んぁ?」
翌日、翔太は電話で起こされた、昼まで寝ていたらしい。
電話は田村からだった。
「昨日の件、今からになったから!」
「へ?」
「40秒で支度しな」
慌てて向かった店にはすでに田村と神代がいた。
神代は程よくカールしたミディアムヘアに、シックなデザインの服装で女子大生のような出で立ちだった。
「もー、柊くん遅いよー」
「無茶言うなよ」
「イケメンのお兄様は?」
「今日はオフなので私一人なの」
聞くところによると田村も有給らしい。
緊急招集された理由が判明した。
「柊さん、大丈夫なの? 昨日まで徹夜してたみたいだけど……」
「あぁ、あの後ずっと寝てしまったので、むしろ寝すぎた感じで」
「こっちの仕事も忙しくなっちゃってるので、無理してるんじゃないかと......」
(野田めー、余計なことを言いやがって)
神代は心配そうに、上目遣いで翔太を見つめている。
(その目はずるい……)
「昨日のは突発的なトラブルだし、前の出向先に比べれば全然楽だから」
「ほんとうに?」
「それをいうなら、梨花さんのほうが働いてるよ、あの件も――」
「おーい、お二人さんや」
田村が割り込んできた。
(しまった話しすぎた)
「んで、二人はとうとう付き合ったの?」
「へっ///」
神代が前回と同じく真っ赤になる。
「おまえ、わかってて言ってるだろ」
翔太は呆れながら答えた。
「客観的にみて、仲良くなってることは自覚してよね。
いいことだと思うけどー。
それに、いつの間にかタメ口だしー」
田村は「にしし」と微笑みながら言った。
「紆余曲折あってこうなんたんだよ」
翔太はあらましを田村に説明する。
「なに? あんた、アイドルにまで手を出したの?」
「言い方――
なんとなくだけど、星野さんに誘導された気がしてるんだよなぁ」
「えー、鈴音はそこまで考えてないよ!」
神代は根に持っているのか、ぷんすかと怒っている。
「しかし、出向先が芸能事務所かー、前代未聞だね」
「元はといえば、田村の仕事だったんだけどな」
「でも、今の梨花にとっては柊くんのほうが嬉しいでしょ?」
「えっ///」
「これ以上、梨花さんをからかうなら、イケメンのお兄様に言いつけるぞ」
「もう、わかったよー」
「わかってると思うけど、俺の出向先のこと絶対に言うなよ」
「バレたら、嫉妬で刺されるもんねー」
契約上は問題ないが、バレてしまったら、田村の言ったとおりになることは想像に難くない。
翔太の命運を田村に握られているのは甚だ遺憾だが、仕事の事情を知っているのは極わずかなので、心強いのも確かだ。
「梨花、そういえば野田くんに会ったんだって? どうだった?」
「柊さんが信頼しているようなので、いい人なんじゃないかな。
柊さんの事情 も知ってるみたいだったし」
田村は「柊基準かよ!」という言葉をぐっと飲み込んだ。
「野田には、話合わせておけよ」
「わかっているよー、そのために来たんだし」
「アイツ、全然気づいてなかったんだよな……
野田から、くまりーの話題でたときは、なんのコントかと思ったよ」
神代は思い出したのか「くすす」と笑った。
「えー! なにそれ! 面白そう!」
案の定、田村が食いついてきた。
***
「田村、ブログって知ってる?」
翔太はランチ代の元を取るために質問した。
オーディションの件は話せないが、こちらは問題ない。
「梨花がやってるやつでしょ? 読んでるよ」
「私の記事は面白いかな?」
神代も気になるようだ。
「んー、楽屋とか撮影の裏話とかは、テレビでは得られない情報だし、面白いと思う」
「ふむふむ」
神代はメモを取っている、ブログのネタ帳にもなっているようだ。
「コンピューター系の話題はオタク層の受けがいいね、梨花がわからないところを書いた途端に、コメント数がめちゃくちゃ多くなるのが笑ったよ」
「なるほど、芸能人にものを教える機会なんてそうそうないから、敢えて完璧じゃない内容を書くのも手だな」
「間違ったことを書くと正義マンが出てきて、荒れちゃうから気をつけないとね」
「そうだなぁ、技術系のことは俺がチェックするから問題ないとして、政治とか宗教の話題とかは注意するように周知する必要があるな」
取り扱う話題を間違えると、一見正しいと思われることでも、解釈のされかたで印象が変わってしまうため、気をつける必要がある。
「ガイドラインでも作るかなぁ、でもみんな読まないよな……
記事の投稿前にリスクを評価するアルゴリズムを実装するか……」
「え!柊くんが作ってるの!?」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「ふっふーん、すごいでしょ!」
なぜか神代がドヤ顔になる。
実は神代もブログの運用には関わっているのだが、オーディションの役作りの一環なので、この場では伏せている。
「まー、柊くんだから、おかしくないか」
「そうそう♪」
二人が勝手に納得しているのが釈然としない。
「機能的に不便なところはない?」
「更新があってもわからないのは、ちょっと不便かな
熱狂的なファンなら、F5連打してもおかしくはないかも」
「サーバーとネットワークに負荷かかるんだよなぁ
IPでアドレスで制限すると逆ギレされそうだし……」
この時代では、更新情報を配信するための文書規格ができたばかりで、更新通知は少々ハードルが高い。
「ファンクラブのメルマガで更新を知らせるのはどうかな?」
「それいいかも! ファンクラブの会員数が増えれば事務所の収益源になるし」
神代の提案に翔太が賛同した。
「メールサーバーの情報は橘さん経由でもらうとして、実装は……」
翔太は一人の世界に入っていった。
「へー、橘さんも絡んでるんだ」
「もう、ずっと柊さんとつきっきりだよー」
「ふーん、なるほどね」
神代はキッとニヤケ顔になった田村を睨んだ。
翔太と神代にとって、今日がオーディションまでに取れる最後の休暇であることを、二人は知る由もなかった。




