第239話 人間不信
「きみは?」
逢妻は訝しがりながら、翔太に尋ねた。
逢妻は写真で見た顔に比べて覇気がなかったが、眼光には鋭さが残っていた。
あからさまに歓迎されていない視線を向けられ、翔太は思わず怯みそうになった。
逢妻が警戒するのは無理もないだろう。
今の逢妻に近づく人間はほとんどが彼の資産に関心がある人物であり、翔太も例外ではない。
「霧島プロダクションの皇と申します」
翔太は霧島プロダクションの名刺を差し出し、逢妻に丁寧に挨拶をした。
「む」
逢妻の警戒感は更に高まったようだ。
翔太の年齢で非常勤取締役の肩書きが付いているのは、誰が見ても不自然な印象を与えるだろう。
「皇は霧島さんからかなり買われているんですよ」
「霧島くんが?」
「お料理もすごく上手なのよ」
「そうか……」
川奈と孝子がフォローしてくれたおかげで、逢妻の表情が少し和らいだ。
翔太は逢妻の警戒心を解く方法はないかと思案した。
今日、面会が叶ったことは僥倖だが、今、自分の目的を明かすのは得策ではないだろう。
(ん? あれは……)
翔太は逢妻が持っている紙束が気になった。
「もしかして、名人戦の棋譜ですか?」
「ほう、分かるのかね?」
「ええ、多少は……」
この時代、将棋の棋譜は紙に記録されていた。
逢妻が手に持っている棋譜はコピーだと思われる。
「皇くんは私に用件があるんじゃないのかね?」
「はい、おっしゃるとおりです」
表向きの理由は川奈の料理アシスタントであったが、翔太は逢妻の問いかけを肯定した。
後で取り繕うよりは、早めに目的を明かしたほうが得策だと判断したためだ。
「ふむ、なるほどな……」
逢妻は翔太を値踏みするように眺めた。
その目つきには、人間不信となった経緯が垣間見えた。
逢妻の資産に関連して、碌でもない連中がすり寄ってきたのだろうと思われた。
翔太もその一人である。
「私に将棋で勝つことができたら、きみの話を聞いてあげよう」
「よろしいのでしょうか」
逢妻から思わぬ提案がされ、状況は少し好転したと言える。
しかし、プロ級の実力を持つ逢妻に勝てる可能性は皆無だろう。
「その代わり、きみが負けたらこの役職を降りてもらう」
逢妻は皇の名刺を見せながら、挑戦的な目つきで翔太を眺めて言った。
ここに来て、初めて逢妻の表情に覇気が灯ったように見えた。
「お、おい、ひ……皇……」
川奈は心配した様子で翔太を眺めていた。
「川奈さん、調理の方は大丈夫でしょうか?」
「後は煮込むだけだから、手はかからないが……まさかお前」
「この勝負、お引き受けいたします」
翔太の返答に、逢妻は不敵に笑った。




