第235話 スパイ
「ありがとうございます。おかげさまで、色々と有力な情報がいただけました」
霧島プロダクションの社長室で報告を受けた翔太は、真摯な眼差しで二人に感謝の意を述べた。
「皇さんのお役に立てて何よりです」
(いゃ、そこは俺に対してじゃないだろ!)
「あっ……キリプロさんに少しでもお返しできてよかったです」
翔太の心のツッコミを理解したのか、二宮は慌てて言い直した。
翔太は霧島プロダクションの非常勤取締役としてここにいる。
対外的には霧島プロダクションの非常勤取締役は皇将ということになっている。
芸名など本名を使わないことに違和感がない芸能事務所だからこそ、このようなことが実現できているのだろう。
これは東郷のこともあり、翔太の名前を表に出さないための橘による配慮だった。
(まぁ、登記簿謄本を調べたら俺の名前は見つかってしまうが、時間稼ぎにはなるだろう)
霧島プロダクションとしての皇将の名前が知れ渡るのは、少し後の話になる。
「私もあの番組に思うところがありましたので、神代さんの名誉を回復できるのであれば協力は惜しみません」
二宮は神代のドキュメンタリー番組を担当していたためか、先日のメトロ放送での熱愛報道に憤りを覚えているようだ。
翔太はメトロ放送の社長である刈谷の情報を集めるために、二宮を頼った。
翔太が交換条件を提示したところ、二宮は協力を快諾してくれた。
(協力してくれた理由の一つに、梨花さんへの贖罪の意識もあるのかもしれないな)
テレビ局にあまり良い印象を持っていなかった翔太であったが、良識がある人物がいたことで、考えを少し改める必要があると思った。
「シュナイダーさんもおつかれさまでした」
「もー! 終わったんだから、その名前で呼ばなくていいでしょ!」
二宮は翔太と神代の会話の様子を「ふーん、仲いいんですね」とつぶやきながら眺めていた。
神代と二宮は刈谷との会合を終えて、すぐに霧島プロダクションの本社ビルに移動していた。
すでに深夜だが、芸能事務所ではこの時間帯にまだ働いている人員がいるようだ。
「今こうして話していると、本当に神代さんなんですね。
あのときは声色も全然違っていたので、私まで騙されそうでしたよ」
二宮は感心するように言っていた。
彼女の言うとおり、今の姿を神代だと認識できる者はそういないだろう。
奇しくもこの社長室には、変装した人物が二名いることになる。
「二宮さんも、私の友人として違和感がなかったですよ?」
「社長は酔っていましたから、ある程度はごまかせると思っていますが、そう言っていただけると嬉しいです」
二宮は慣れないことをしてきたためか、少し気疲れをしているようだ。
翔太は二宮に、変装した神代と刈谷とのコネクションを作ることを相談していた。
これは神代の志願を汲み取った結果だ。
その結果、シュナイダー透子という人物が誕生した。
二宮はシュナイダーの友人という設定だ。
話を聞く限りだと、彼女たちの演技はうまくいったようだ。
「刈谷社長と連絡先を交換してきました」
「よほど気に入られたんだね」
「それはもう……すごかったですよ」
翔太は神代の身を案じたが、神代が大丈夫だと目でアピールしてきたため、あえて聞くことはしなかった。
二宮はその様子を「ふーん……」とつぶやきながら眺めていた。
橘はシュナイダー透子名義の携帯電話を用意し、神代に渡していた。
神代は刈谷と連絡を取り合える間柄になるというミッションを問題なく達成できたようだ。
「お話を聞く限りだと、東郷社長と刈谷社長とは強い関係性が出来たわけではなさそうですね」
橘は神代が録音していたICレコーダーの内容を確認していた。
この中で東郷に関して一番詳しいのは橘であることは間違いないだろう。
その彼女であれば、何らかの対策を立てることはできそうだ。
翔太は東郷と会うことにリスクがあるため、フォーチュンアーツへの対応は橘に任せていた。
「フォーチュンアーツの動きは私が食い止めます。皇さんは――」
深夜の霧島プロダクションは不夜城のように蠢いていた。




