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第234話 メトロ放送の天皇

「はっはっは……よくわかっているね」

メトロ放送の社長、刈谷はこれ以上ないくらい上機嫌に笑っていた。


ここは料亭の一室だ。

刈谷は自社に所属しているアナウンサーである、二宮に誘われてここに来ていた。


「それにしても、社史の編纂とは、目の付け所が違うね」

「恐れ入ります」


二宮は美しい顔をほころばせていた。

数多の視聴者がブラウン管越しにしか見られないその笑顔が、自分一人に向けられていると思うと、刈谷はそれだけでも愉悦を抑えきれなかった。


「さすが、私が見込んだ局員だよ」


二宮は学生時代から業界で有名であった。

難関大学を現役で合格する明晰な頭脳と、芸能界入りも噂されるほどの卓越した容姿は、テレビ局にとっては喉から手が出るほどの逸材であった。

ほぼすべてのテレビ局が二宮獲得に動いたが、メトロ放送への入局が決まったのは刈谷の後押しが決め手であった。

刈谷は大の女性アナウンサー好きで、『女子アナ』という用語を広めた人物とも言われている。


「私なりに調査しましたところ、メトロ放送の躍進は社長の交代が非常に大きいと考えております。

社史を編纂するうえで、社長から情報を得ることが必須であることは疑いようがないでしょう」

「そうかそうか」


(社史の編纂を名乗り出るほど愛社心があり、社長に対する尊敬もある。そして、この容姿……完璧だ)

刈谷はいかに目の前の人物を愛人にできないかを考えていたが、もう一人の人物が気になっていた。


「たしか、シュナイダーさんといったね」

「はい、シュナイダー透子と申します。この度はお目通りを許可いただき、大変光栄に思っています」


刈谷はシュナイダーの美しさに見とれていた。

きれいに切りそろえられている艶のある黒い髪からのぞく知的な表情と、蠱惑的な吸引力をもつ黒い瞳が刈谷の意識を刈り取っていた。


『Ich habe viele Ansager gesehen. Ich sollte in der Lage sein, aufzutreten.』

シュナイダーは緊張しているのか、ドイツ語で独り言を言っていた。


「シュナイダーさんは私の友人で、ドイツでアナウンサーをしています」

「はい、ミュンヘンの地方局でフットボール――サッカーのレポーターなどを務めさせていただいております」


(この容姿とプロポーション……信じられない)

刈谷は全身全霊をかけて獲得した二宮が目の前にいるにもかかわらず、シュナイダーの美貌から目を離せなかった。

職業柄、多くの芸能人と関わってきたが、シュナイダーほどの逸材は十年に一人もいないであろう。

二宮が言うにはドイツの名門校を卒業しているらしく、地方のテレビ局で埋もれていていい人材ではないと刈谷は強く感じていた。


「それにしても、流暢な日本語を話すね」

「母は日本人で、元は日本で暮らしていました。その……今の義父と再婚してドイツで暮らしております」

「そうか……苦労してたんだね」


刈谷はシュナイダーの容姿が純血の日本人に見えることに合点がいった。

しかし、アイシャドウやチークなどのメイクは日本人とは違った魅力を引き立てており、それが余計に刈谷の好奇心を駆り立てていた。


「透子――シュナイダーさんは私と同じように、報道に関わっていきたいそうです」

「はい、刈谷社長は多くの優秀なアナウンサーを輩出してきたとお伺いしております。

そのご慧眼にあずかり、そしてその卓越したご指導を賜りたく、この場に同席させていただきました」

「ふむ、シュナイダーさんは当局にふさわしい人材だ」

「その懐の深さが、メトロ放送の強さの秘密なのですね」


奥ゆかしく微笑むシュナイダーに、刈谷の目は釘付けになった。

刈谷はシュナイダーをメトロ放送のアナウンサーにしたら、途方もなく人気が出るという確信があった。

(そして、そうなった暁には……)


「社長」

「は、すまん。まだ、社史の話の途中だったな」

逢妻(あいづま)前社長から、実権を勝ち取ったときの状況を詳しくお聞かせください」

「あのときは大変だったんだよ――」


刈谷は饒舌に語り始めた。

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― 新着の感想 ―
 ペラペラと良く喋る口だ。 それはそれは……舌も良く滑ることでしょうね。   ね、何処ぞのシュナイダーさん、引っ掛けが上手い。
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