第230話 それぞれの狙い
「現状を整理します。フォーチュンアーツの狭山氏の行動ですが、これは東郷社長の指示である可能性が非常に高いです」
白鳥ビルの会議室では役員会議が再開されていた。
橘の発言は実体験があるかのような、妙な説得力があった。
「つまり、狭山の意思とは関係なく行われていると」
「そうですね。したがって、狭山氏に対して働きかけても効果は薄いと思われます」
翔太の確認に橘は即答した。
芸能界における東郷の権力は絶大で、さらにフォーチュンアーツ所属タレントは彼に絶対服従していると考えられる
時期的に船井はさくら放送の買収のために資金調達をしているはずだ。
そうなると、狭山の動きは東郷の単独行動である可能性が高い。
「東郷がこのタイミングで動いたのは、エッジスフィアとの資本提携が関係しているのか?」
「そうだろうな」
「もうさくら放送の株を買い占めているってこと?」
「いゃ、それはない」
「あー……5%ルールかぁ」
「そうだ」
「どゆこと?」
翔太と石動の会話に新田がついていけなくなったようだ。
「上場企業の株式を5%以上保有すると、大量保有報告書を提出する義務が生じるんだ」
「まだその報告書が出されていないってこと?」
「あぁ、確認したが提出されていないし、さくら放送の株価や出来高にも不自然な動きはない」
新田は手元のラップトップPCで、翔太が言った情報の真偽を確認しているようだ。
翔太は新田の伝聞情報を鵜呑みにしない姿勢に好感を持てた。
「おそらく、東郷社長の独断でしょう。船井社長は多忙ですし、完全に同期をとった行動をできないと思われます」
(そうなると、東郷と船井さんを分断できるかもな)
橘も翔太と同じ考えを持っているようだ。
橘の見解が事実であれば、まだ付け入る隙があると翔太は考え出した。
「そもそも船井さんはなんでテレビ局を欲しがったんだ?」
「メディア業界における存在感を高めて、事業の多角化を狙ったと言われている」
翔太は当時を思い出しながら言った。
「で、実際は?」
「承認欲求や支配欲のようなものがあるかもしれない。
今の船井さんは若くて巨額の資本を自由にできるから、ある種の全能感を感じていてもおかしくはない」
この時代の日本において、船井ほどの若さで事業規模を急拡大した人物はいない。
これにより『業界の寵児』としてもてはやされている。
「東郷の狙いは?」
「テレビ局を船井さん経由で掌握し、フォーチュンアーツのタレントの露出を増やしつつ、霧島プロダクションを削ぎ落とすつもりだろうな」
「東郷は今でもテレビ局に対して影響力はあるんじゃないの?」
「議決権で多数をとることで、その株主は自分が決めた役員を送り込めるんだよ」
「要するに、船井と東郷が手を組んでテレビ局を意のままにするってこと?」
「大体合っている」
「前者はわかるけど、後者はわからないわ。なぜ東郷はそこまでキリプロを敵視するの?」
「「「………」」」
新田以外の全員がその答えを知っていたが、話しにくい内容であるため、会議室は静寂に包まれた。
翔太は橘に目線を送り、橘はしっかりと頷いた。
「実は――」
新田は激怒した。




