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第224話 非常勤取締役

「ぐすっ……お母さん……」

少女は涙をこらえようと必死に唇を噛みしめ、震える手でシーツを握りしめていた。

彼女の瞳は赤く腫れ、涙で濡れた頬を伝う一筋の涙が、悲痛な思いを物語っていた。


ベッドの上で涙をこらえている少女を傍らに、男は満たされない欲望を抱えていた。

(やはり、あの娘がほしい……以前、スタジオで会った青年も捨てがたいが……)


目の前の少女に対し、自分の欲望をぶつけてもなお、男の目はギラついたままだった。


***


「橘と申します。よろしくお願いいたします」


白鳥ビルでは翔動の役員会議が行われていた。

出席者は翔太、石動、新田、そして、新たに非常勤取締役となった橘だ。


翔動と霧島プロダクションの資本提携はあっさりと締結した。

資本提携は優先株の発行によって行われたことで、翔太と石動が懸念していた経営権の問題が解消されたためだ。


優先株とは、配当や残余財産の分配に関して、普通株よりも優先される株式だ。 ※1

翔太と石動にとって都合がよかったのは、優先株には議決権に制限を加えることができ、経営権を希薄化させることなく資金を調達できたことだ。


翔動と霧島プロダクションは互いに役員を送り込むことになった。

翔太は霧島プロダクションの非常勤取締役であり、橘は翔動の非常勤取締役である。

霧島の提案では執行役員であったが、多忙であることを考慮した結果、この役職に落ち着いた。


***


「――当社の業務プロセスはシステムによって効率的に運用されています。

このシステムを霧島プロダクションに導入することで業務を効率化し、属人化を防ぐことが期待できます」


橘は早速、お互いのビジネスについて話し始めた。

彼女が挙げた議題は、霧島プロダクションの業務オペレーションの改善を翔動の技術によって解決するものだ。

翔動にとっては自社で利用しているシステムを提供するだけで売上が立ち、霧島プロダクションにとってはいち早く業務改善ができるという、双方にとって大きな利益が期待できる提案だった。


(それにしても、橘さんが翔動(うち)のことを当社って言うのが、めっちゃ違和感あるな……)

霧島プロダクションの橘にとっては「翔動さん」「当事務所」であったものが、今は「当社」「霧島プロダクション」となっている。


「「……」」

淀みなく話す橘に、石動と新田は唖然としていた。


「――何か?」

「い、いぇ……翔動(うち)の業務プロセスや導入しているシステムをよく把握されていたので、大変驚きました」

「ええ、柊さんから一通りはお伺いしていたので」


呆然とする石動に、橘はさらりと言ってのけた。


「新田、業務システムで汎用化されていないものはあるか?」

石動は自分の役割を思い出したかのように話しだした。


「そうね、スケジュール管理は大きな組織に対応していないわ」

「芸能事務所にとっては重要なところだから、改修が必要だな。橘さん――」

「ええ、霧島プロダクションに見積書をお願いします」


かくして、翔動に強力な役員が加わった。

※1 「俺と俺で現世の覇権をとりにいく」151話 https://ncode.syosetu.com/n7115kp/151/

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