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第222話 人事

「ケホッケホッ……わざわざ、悪いな」

病室での霧島は少しやつれていた。


(まさか、この病院にまた来ることになるとは……)

翔太と橘は霧島の見舞いに訪れていた。

かつて翔太が傷害事件に巻き込まれて入院していた病院であった。


病院の個室は患者の快適さとプライバシーを最優先に設計された空間であった。

翔太は以前入院した時と同じ高級な個室を見て、かなりの高待遇を受けていたことを改めて実感した。


「大丈夫なんですか?」

「あぁ、命には別状はねぇよ。しばらく入院していれば社会復帰できると医者は言っていた」

「それならよかったです」


霧島によると持病を悪化させたため、入院していた。

霧島の言葉を鵜呑みにしていいものか、今の翔太には判断できなかった。

(あとで、橘さんに聞いてみるか)


「さすがにこの状態では仕事ができないからな。誰かに代わってもらう必要がある」


霧島プロダクションは良くも悪くも、霧島一人の裁量で経営されていた。

この時代の表現を使うと『ワンマン経営』だ。

霧島の影響力は芸能界の内外にも及んでおり、その代わりを務めるとなると相当な人物になるだろう。


「少し気になる事案があることだしな」

「そうですね……」


十中八九、雫石の移籍のことであろう。

橘によると、東郷はこれまでほしいと思った人材はほぼすべて手中に収めていたようだ。

東郷の視点では自分の獲物が霧島に攫われたことになる。

霧島が動けない今、東郷が何かを仕掛けてくる可能性は十分にあるようだ。


「橘、お前社長代理をやれ」

「はい」

(えええええっ!?)


翔太は危うく病室で悲鳴を上げそうになった。

たしかに翔太が観測した範囲では、橘は霧島プロダクションにおいてナンバーツーといっていいだろう。

(それにしても、こんな簡単に重要な人事が決まるんだな……)


翔太は橘が即答したことにも驚いていた。

彼女にとっては想定の範囲だったのだろう。


「とは言え、橘一人に任せるのも負担が大きいのはたしかだ」

「そうですね……梨々花のマネジメントの全部を誰かに任せるのは不安ですし」


橘は考え込んでいた。

神代は橘に対して絶対的な信頼を得ている。

彼女の代わりを務められる人物はそうそういないであろう。


「それでだ。信頼できる人間を橘に付けたい」

「そうしていただけると助かります」


翔太は霧島プロダクションの人事を把握していないが、霧島や橘は誰か心当たりがあるような素振りを見せていた。


「あの……私は席を外しましょうか?」

ここは病室であるが、霧島プロダクションの重要な決定をする場になっていた。

ここからの話は、部外者の翔太がおいそれと聞いてしまってよい内容ではないだろう。


「いや、構わん。むしろ聞いてくれ」

「は、はぁ……」


霧島はやせ細っていたが、眼光は鋭いままだった。

その力強い視線は橘に向けられており、橘はゆっくりと頷いた。


「柊、お前、霧島プロダクション(うち)の執行役員をやれ」

「はああああっ!!!???」


翔太は悲鳴を上げた。

このときばかりは、ここが病室であることを忘れていた。

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